12月7日には、後藤茂之厚労相が記者会見で「災害対策用に備蓄して利用できる道があるのでは」と述べたのだが、災害対策用と言えば聞こえは良いが、“保管”が“備蓄”という言葉に変わったにすぎない。保管したままどうにか利用する方法がないか探る方針だということが明らかにされただけだ。
岸田首相も後藤厚労相も、在庫解消に向けて具体的な策を示すことなく、「有効活用を探る」と説明した。そこには「省略バイアス」という心理的傾向が見え隠れする。人には、何の手も打たずにそうなってしまった場合より、何らかの方策を講じてそうなってしまった場合の方が害がより大きく、より悪く感じられてしまうという傾向があると言われる。アベノマスクも同様に、「どうせ保管料がかかるなら、何らかの手を打って非難されて失敗するより、とりあえず検討しているとした方が今は無難」という心理が働いたのではと思ったのだ。
また、自分の責任を少しでも和らげよう、回避しようとする時もこのバイアスが生じやすいと言れる。自分がそれを言ったか言わないかは、政治家にとって大きな問題になるからだ。岸田首相は、今や自民党最大派閥のドンである安倍晋三元首相が推し進めたアベノマスクに反省の弁は述べたものの、おそらく党内にはさまざまな声があるのだろう。“聞く力”のある岸田首相としては、それ以上踏み込めなかったのかもしれない。
もしくは、もしかして岸田首相は省略バイアスと見せかけて、実は一気にアベノマスクへの非難やクレームの声が上がるのを狙っていたのかもしれない。「検討」と言ってしまえば、批判が集中するのは分かっていたはずだ。だが逆に、世論がどのような方向へ流れるのか、どんな批判が多いのかが分かれば、岸田首相はそれらを踏まえた上で解決策を決定できることになる。
政府は希望者に配布するとしているが、一体どれくらいの希望者がいるのか、期待はできない。おそらく何千万枚という在庫が残ると予想される。最終的には廃棄、焼却しかないのでは、という声さえ聞こえてくるが、そうなればアベノマスクは失敗だったと言わざるをえないだろう。その時岸田首相は、国民に対してどんな解決策を自らの口で述べるのだろうか。