木で鼻を括ったような態度を貫き、クルマの方に歩みを進める林に追いすがる。
「では、不正車検の刑事事件性についてはどうお考えですか?」
不正車検によって尾張モーターズには行政処分が下ったが、やってもいない検査をやったことにして正規の料金を取っていたのだから、この不正は詐欺にあたる可能性がある。交換していない部品を交換したと偽って料金を取っていたという噂もあった。今後、ディーラーだけでなくトヨトミも警察の捜査の対象になる可能性がないわけではない。しかし、林は問いを無視して、クイーンの後部座席に乗り込もうとした。
逃げられてしまう。イチかバチか、多野木は文乃から小耳に挟んだネタをぶつけた。
「尾張モーターズが春日組にクルマを売っているという話はご存じですか?」
林が振り返った。目つきから、マスクの下の顔がこわばっているのがわかる。
「今、何と?」
「尾張モーターズが町のカーサービス店を身代わりに立てて、暴力団の春日組にクルマを売っている話です。林副社長のお耳にも当然入っているかと」
文乃の話では、警察の取り調べから解放された塚原保のところに、尾張モーターズの営業部長が「警察に話すとはどういうことだ。おたくとはもう二度と付き合わない」と怒鳴り込んできたという。
暴力団にクルマを売っていたのは自分たちなのに、悪いのは警察に漏らした塚原だという理屈は笑止千万だが、塚原のところに怒鳴り込んできたということは、警察の捜査が尾張モーターズにも及んだと考えられる。しかし、いかにもマスコミが飛びつきそうなこのネタは、新聞はおろか雑誌やネットメディアも含めて一切報道されていない。おそらく、どこかで消されたのだ。近しい関係にある尾張モーターズに泣きつかれたトヨトミ本体が報道を止めたか、あるいは捜査を止めたかして。
林の手が伸び、多野木の肩をぽんと叩いた。
「今のトヨトミなら〝人殺し〟以外は全部もみ消せる。そんなこと日商さんなら知っていると思っていたが……」
思わず、まじまじと林の顔を見た。眼鏡の奥の目は笑っていなかった。ふた呼吸ほど見つめ合っただろうか、不意に林が相好を崩し、もう一度肩を叩いた。
「冗談、冗談。じゃあ、また」
そう言うと、クルマに乗り込み、走り去っていった。
美人局
日商新聞名古屋支社。取材を終えて帰社した文乃は、喫煙所の前を通りかかったところで多野木と鉢合わせた。多野木はこちらに気づくと、タバコを持った右手を上げた。
「おう、高杉。おまえが言ってた春日組のネタな、効果てきめんだったよ。林さんにぶつけたら、顔色が変わったわ」
そう言うと、ヤニで黄ばんだ歯を見せて愉快そうに笑った。
「林さん『今のトヨトミなら人殺し以外は全部もみ消せる』ってさ。強気なんだか、強がっているだけなんだか知らないけど」
警察庁長官を天下りさせる会社ですからね、とトヨトミの近年の人事を思い出しながら文乃が言うと、多野木は「ああ、そうか」と目を丸くする。
「そういえばそうだ。郡さんがいるから強気になっているんだな」