どういうことだろう、と塚原の商売を思い出してみる。中古車と軽自動車の売買に修理、車検。暴力団と取引があるようには見えないが……。そのとき、バカ野郎、あれは刑事だ、とドアの方から大きな声がした。そちらを見ると、缶コーヒーを両手に持った保が立っていた。
文乃が「お義兄さん、刑事ってどういうこと?」とたずねる声と、隼人が「あいつらヤクザじゃなかったの?」と驚く声が重なった。
「文乃ちゃん、尾張モーターズってわかるか?」
保が差し出してきた缶コーヒーを受け取る。
「もちろん。私、自動車担当の記者だもの」
答えながらどきりとする。先月からどうもこの名前と縁がある。実は、先ほどまで栄の繁華街で行っていた取材は、尾張モーターズ社長の阪口雄一に関するものだった。文乃は、先日会った「トヨトミムーブ北名古屋」の経営者・清城順平がほのめかしていた、阪口と暴力団との関係を調べていたのだ。
尾張モーターズもトヨトミムーブ北名古屋も、トヨトミ自動車のディーラー(販売店)運営会社だ。ただ、清城の言葉を借りるなら「向こうは〝世界のトヨトミ〟と一世紀近く盟友関係にある上場企業。うちは新興の小規模ディーラー」。会社の規模もさることながら、トヨトミ自動車との関係性もまったく違う。江戸時代で言うなら、「トヨトミムーブ」が外様大名なら、尾張モーターズは親藩大名だ。
ちょうどいいや、文乃ちゃんに聞いてもらおう、と保は自分の缶コーヒーを片手で開け、ひと口飲んだ。
「半年くらい前なんだが、尾張モーターズの人間がうちに来たんだ。営業部部長の木下由紀夫っていう奴だ。そいつがうちに“名義貸し”を持ちかけてきた」
「名義貸し?」
「つまり、〝塚原カーサービス〟の名前で奴らがクルマを売るわけだ。売るのはあいつらだが、クルマの購入契約書上はうちが売ったことにする。一台売れるごとに三万円うちに支払うってのが、向こうの持ちかけてきた取引だ」
「どうしてそんなまだるっこしいことをするんだろう」と言ってはみたが、文乃にはすぐにピンと来た。わざわざ他所の店の名前を借りてクルマを売る理由なんて、一つしかない。
売ってはいけない相手に売るためだ。
名古屋経済圏のお膝元
「あいつら春日組にクルマを売っていたんだってよ。〝キング〟に〝クイーン〟、〝ゼウス〟、トヨトミの高級モデルばっかりだ。クスリで捕まえた構成員がやけに羽振りのいいクルマに乗っているもんだから、調べたらうちから買ったことになっていて、組織犯罪対策課の刑事が俺を調べに来たってわけだ。暴力団排除条例で売っちゃいけないことになってるだろ」
春日組は愛知県を拠点とする武闘派で知られる暴力団だ。親を持たない一本どっこのヤクザだが、広域暴力団相手に刃傷沙汰も辞さない暴力性は全国に知られている。暴排条例で締めあげられ、暴力団は金回りが苦しいはずだが、トヨトミ自動車のお膝元であり最近ではJRリニア新幹線の工事もあって活況の名古屋経済圏だ。どこかに太い資金源を見つけたのかもしれない。
「お義兄さん、うかつだなぁ」と内心が思わず口に出た。保は頭を掻く。
「体よく尾張モーターズの隠れ蓑にされちまったよ。警察には名義貸しは違法性があるって怒られるし、銀行口座は凍結されるし、捕まった構成員とクスリのやりとりがあったんじゃないかって尿検査はさせられるし、最悪だ」
「でも、よかったよ。疑いは晴れたんだよね?」義兄の脇の甘さに呆れつつ言った。
「クルマを買った暴力団員に代わって陸運局にナンバープレートの登録申請をした人間がいるはずだからね。警察にそれを指摘したら、尾張モーターズとつながりのある司法書士事務所に行きついたみたいで、俺はそこで解放さ。えらい目に遭った」
「一台三万円で、いくらくらい入ってきたの?」