2018年、秋田犬「マサル」を贈呈されたフィギュアスケートのアリーナ・ザギトワ選手(AFP=時事)

2018年、秋田犬「マサル」を贈呈されたフィギュアスケートのアリーナ・ザギトワ選手(AFP=時事)

「かわいい~、柴犬欲しい」

 カップルが無邪気に柴犬の赤ちゃんを見ている。赤ちゃんはスヤスヤ眠っているがプレートの生年月日を見ると生後3ヶ月にも満たない。違法ではないがやはりおかしい。改正法はすったもんだのあげくに「出生56日経過後の販売」で押し切られてしまった。できるだけ赤ちゃんのうちに売ったほうが高く売れる、消費者の大半も赤ちゃんを欲しがる、という現実に沿った形だが、なぜか「天然記念物指定犬」(柴犬、紀州犬、甲斐犬、秋田犬など)は繁殖業者が一般に販売するケースに限り「出生後49日経過後の販売」(ペットショップは他犬種と同様に56日)になっている。自民党、安倍晋三元内閣総理大臣の弟である岸信夫衆院議員が会長を務める「日本犬保存会」と、日本維新の会、遠藤敬衆院議員が会長を務める「秋田犬保存会」の要望を環境省が受け入れた形だが、母犬や兄弟との生活による社会性の芽生えを考慮するなら、せめて3ヶ月以上は必要という声は根強い。要請の理由は「天然記念物の保存」(なるべく種を絶やさず増やす、という意味で)だが、よくわからない理由、むしろ日本犬は飼い主との関係性の構築が第一なので、そのための基礎的な社会性を身につけるためにも親元や兄弟と暮らす期間を十分に取ったほうがいいと思うのだが。

「うわ、おっかねえ!」

 大家族であろう集団の中の子供がサークルに入れられた甲斐犬を撫でようとして吠えられた。売れ残って大きくなり、ショーケースに入らなくなってしまったのか通路の奥にはこうした中・大型犬が数頭、サークルで囲われている。

「危ないから触っちゃだめよ」

 こちらも店員がやんわり制す。子供はサークルを蹴るような仕草をして家族の元へ逃げて行く。甲斐犬は男の子だったが、しつこく吠え立てることはなくクルクル回ってその場にうずくまった。危ないのは子供のほうだろうに。

 筆者も子供のころ、近所で生まれた甲斐犬のうち引き取り手がなく最後まで残った女の子をもらい家族で育てたので心が痛い。彼女は15年生きて天寿を全うした。この子もせめて暖かい家族に迎えられるといいのだが。

5万円祭り開催!!

「バーゲンなんて物みたい」

 楽しそうな家族の中で中高生くらいの女の子だけは怪訝な顔をする。一部の半年を過ぎた犬や猫のケースに「バーゲンセール」とカラフルなポップが踊っていたからだ。人として当たり前の感覚だろう。そうした当たり前の感覚を共有している心あるペットショップ、とくに小規模な個人店舗の中には生体販売について真剣に考え始めた店もあり、販売個体の数を絞り、十分な環境の下で法律の一歩二歩先の取り組みを実践している店もある。チェーン店の中にもホームセンター大手、島忠ホームズのように一部店舗で生体の陳列販売を禁止して良質なブリーダーや保護団体との仲介に取り組んでいる店もある。

「お年玉じゃ買えないよねー」

 28万円のポメラニアンを見て別のカップルが笑う。これも不思議なのだが、生まれた命と歩むきっかけとして「クリスマスセール」だの「お年玉セール」だので買うものだろうか。売るほうも不思議に思わないのだろうか。別のペットショップのチラシでは「歳末感謝祭」とあった。何に感謝しているのか。「大決算セール」なんてのもあったがそれは決算処分なのか。そういえばたまたま見かけた他のペットショップのブログに「目玉犬現る! 5万円祭り開催!! なんと1万の子も」とあった。よくよく考えれば考えるほど、やはりこの国に残る旧来からのペット文化は間違っている。何度でも言う、おかしい。

 2021年11月18日、フランスはついにペットショップなどでの犬や猫の販売を禁止する改正法を可決した。2024年からはブリーダーからの直接購入か保護施設からの引き取り以外で犬や猫を飼うことができない。同じ改正法でも日本とはえらい違いだが、これは別に「おフランスでは~」のような出羽守(でわのかみ)というわけではなくシンプルな「命」の話である。アメリカでも各州、各市でペットショップを禁止する法律が続々制定されている。もう世界的にもペットを物のように叩き売る、そうした時代ではなくなりつつある。

 そもそも「ペットショップを見るのが辛い」という人も増えたように思う。気持ちはわかる。見ようによってはショーケースの子犬、子猫たちはかつて日本に存在した、幼くして遊郭に売られ、客引きのために陳列された遊女のようだ。遊郭は大ヒット作品『鬼滅の刃』の舞台となったため一部で議論を呼んでいるが、ああして子供を売り買いするのが当たり前の時代は確かにあった。それは現代人からすれば「おかしい」時代だろう。次の動物愛護法改正が5年後の2024年、それまでに子犬工場で作りまくって大量陳列という旧来のペットショップに関しても同じように「おかしい」時代と思えるような文化が国全体で共有されることを願わずにはいられない。何度も書いているが、旧来の価値観である「たかが犬猫」は「たかが人間」と同一線上にある。命の問題とは理屈ではなくそうしたものだ。

 いままさに、このきらびやかなペットショップの奥でうずくまる、3万円と値札のついた甲斐犬の子のような境遇を生み出さないためにも。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞(評論部門)奨励賞受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)他。日本のペット文化に関するルポルタージュも手掛ける。

関連キーワード

関連記事

トピックス

この日は友人とワインバルを訪れていた
《「日本人ファースト」への発言が物議》「私も覚悟持ってしゃべるわよ」TBS報道の顔・山本恵里伽アナ“インスタ大荒れ”“トシちゃん発言”でも揺るがない〈芯の強さ〉
NEWSポストセブン
亡くなった三浦春馬さんと「みたままつり」の提灯
《三浦春馬が今年も靖国に》『永遠の0』から続く縁…“春友”が灯す数多くの提灯と広がる思い「生きた証を風化させない」
NEWSポストセブン
手を繋いでレッドカーペットを歩いた大谷と真美子さん(時事通信)
《産後とは思えない》真美子さん「背中がざっくり開いたドレスの着こなし」は努力の賜物…目撃されていた「白パーカー私服での外出姿」【大谷翔平と手繋ぎでレッドカーペット】
NEWSポストセブン
女優・遠野なぎこ(45)の自宅マンションで身元不明の遺体が見つかってから2週間が経とうとしている(Instagram/ブログより)
《遠野なぎこ宅で遺体発見》“特殊清掃のリアル”を専門家が明かす 自宅はエアコンがついておらず、昼間は40℃近くに…「熱中症で死亡した場合は大変です」
NEWSポストセブン
俳優やMCなど幅広い活躍をみせる松下奈緒
《相葉雅紀がトイレに入っていたら“ゴンゴンゴン”…》松下奈緒、共演者たちが明かした意外な素顔 MC、俳優として幅広い活躍ぶり、174cmの高身長も“強み”に
NEWSポストセブン
和久井被告が法廷で“ブチギレ罵声”
【懲役15年】「ぶん殴ってでも返金させる」「そんなに刺した感触もなかった…」キャバクラ店経営女性をメッタ刺しにした和久井学被告、法廷で「後悔の念」見せず【新宿タワマン殺人・判決】
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんの「冬のホーム」が観光地化の危機
《白パーカー私服姿とは異なり…》真美子さんが1年ぶりにレッドカーペット登場、注目される“ラグジュアリーなパンツドレス姿”【大谷翔平がオールスターゲーム出場】
NEWSポストセブン
初の海外公務を行う予定の愛子さま(写真/共同通信社 )
愛子さま、初の海外公務で11月にラオスへ、王室文化が浸透しているヨーロッパ諸国ではなく、アジアの内陸国が選ばれた理由 雅子さまにも通じる国際貢献への思い 
女性セブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン