カギになるのが「惚れ薬」で、2人がつきあうようになる前に、誠太は「惚れ薬」を使ったことがあった。ちなみに、「惚れ薬」の成分は言ってみればただの水で、言うまでもなく効果はないはずだが、誠太はいまだに罪悪感を抱えていて、不確かな民間療法に頼る妻に何も言うことができない。
「今回の小説では、『惚れ薬』を使う人、使われる人を書きたい、という気持ちがあったんです。もし、『惚れ薬』というものがあったとして、私は使うだろうか。多くの人はおそらく使わないと思うけど、もしかしたら、一瞬の心の隙をつかれる人がいるかもしれない。後になって、『使った』と告白された側は、どんな風に受け止めるんだろう。そんなことを、あれこれ考えました。
デビュー作の『左目に映る星』もずっと片思いをしている人の話で、私は思いつめている人を書くのが好きなんですね。ただ、自分が意図しない部分で『気持ち悪い』と受け取られることもあって、今回は、読者にギリギリ誠太を応援してもらえる範囲になるよう、自問自答しながら書きました」
私は誠太寄りの人間。誠太を書いているときは楽しかった
志織と誠太は、おたがいに好意を抱いて結婚したにもかかわらず、じつは少しずつ気持ちがすれ違っている。どちらも相手に片思いしているようなのだ。
「書き終わったいまは、コミュニケーションに関する小説になったかな、と思っています。気持ちを伝えることが大事だ、とかそういうことではなくて、伝わるかもしれない可能性に賭けるには、傷つけあうリスクがあります。そういう風なことを、書きながら再確認しました」
志織は異性に人気のあるタイプだが、帰国子女で、子どものころいじめに遭ったことがある。他の人に言えなかった経験も誠太には自然に話せた。そんな志織の思いを知らず、誠太は自分に自信が持てない。
「自分に自信が持てないことが巻き起こす悲喜劇ですね。登場人物にはそれぞれ自分の一部が投影されていて、志織の視野が狭くなりがちなところは私のそういう部分が出ています。でも、基本的に私は誠太寄りの人間で、自分の夫が私を好きでいてくれるのも、私がどこかで魔法でも唱えたりしたんじゃないかと思うほうです(笑い)。だから誠太を書いているときは楽しかったですね」
友だちのいない誠太は、ネットの恋愛相談を読むことで、人生を「予習」できると考えたりする。