名だたる美術家、作家、宗教家、映画監督、俳優たちにまじって、小説の中で次第に存在感を増していくのが2017年に105歳で亡くなった医師の日野原重明・聖路加国際病院名誉院長だ。
「死者たちは、霊的な非肉体の話ばかりしていますが、日野原先生だけは肉体の話をします。実際に主治医になってもらったわけではないですけど、日野原先生の書いたものをほとんど読んでいて、勝手に主治医と決めていたので、当然のごとく日野原先生はこの小説に出てきますね」
コロナ禍の前から外出の機会は減っていたので、生活への影響はそれほどないという。ただ、コロナとは関係なく耳が聞こえづらくなって、ものの感じ方やとらえ方がずいぶん変わったという。
「耳が悪くなると、言葉自体があいまいになるんです。人の話をだいたいのアウトラインで理解しているから、言葉ももうろうとしてくる。同じように、手も腱鞘炎で、筆がきちんと持てないから細密描写ができません。年齢による肉体のハンディキャップを、無理に元の状態に戻そうとせず、体がそういう状態ならそれに従えばいいんじゃないかと思うんですね。
最近はよく、『絵を描くのがめんどくさい』って言うんですけど、いやいや描いた自分の絵を見てみたい、という第三者的な好奇心も働くんです。だからどんどん描いていて、これまでの人生で一番たくさん絵を描いている気がしますね」
【プロフィール】
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年兵庫県生まれ。1972年にニューヨーク近代美術館で個展。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロなど各国のビエンナーレに出展し、国内外の美術館で個展を開催。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館、2013年に香川県に豊島横尾館を開館。受賞・受章多数。泉鏡花文学賞を受賞した『ぶるうらんど』、講談社エッセイ賞を受賞した『言葉を離れる』ほか著書も多数。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2022年5月26日号