店の真向かいには、昭和初期に建設されたという重厚感のある木造の銭湯がある。
「ひとっ風呂浴びてきた」という客は、「帰りにふらっと立ち寄るのが楽しみ。いつ来てもどこか落ち着きますよね」(30代)と満面の笑み。
この銭湯とともに、この街で戦前から地元の人々に愛されてきた店だ。店主は優しい笑みを浮かべながら、これまでの日々を話してくれた。
「入谷(東京・台東区)にあった酒屋で働いていた祖父が、そこからのれん分けしてもらい、昭和3年にこの場所に店を構えました。母が2代目を受け継いだ当時、私は百貨店勤めでしたので、母は一人で店を切り盛りしていましたが、その後、結婚して娘が生まれ、酒屋も忙しくなってきたので勤めを辞めて、夫と一緒に酒屋を手伝って母を支えてきました。
ただ、夫が45歳のときに急逝しましてね…。それからはもう無我夢中で2人の娘を育てながら酒屋をやってきました。母は昨年旅立ちまして、今は私が3代目として、こうして地元のお客さんに支えられてやっています」
「りっちゃんは、穏やかで人の話をじっくり聞いてくれてね、周囲に安心感を与えてくれる人」(70代)と、誰からも慕われる店主には俳句の趣味がある。
長年参加しているのが、俳句の会『馬酔木金杉(あしびかなすぎ)会』だ。三ノ輪一丁目町会で設立されて10年超、毎月1回開催される句会の帰り道、句会仲間で店に集うのが定例だ。
「この店にたまたま入ったときに、隣で飲んでいた人たちが、季節の移ろいや日本各地の美しい風景だとか、情景が浮かぶようなお話をされていてね、面白いなあと思ったんです。
一緒に飲みながら話をするうちに、あなたも俳句やってみたらいいじゃないと、句会に誘っていただいたのがご縁ですね。この店で出会った人たちと、こうして俳句の話をしながら酒を飲めるのは、とても楽しい時間です」(50代)。
すっきり辛口がいいと評判の『焼酎ハイボール』で喉を潤しつつ、詠んだ句を互いに講評し合う。
俳句の師匠が、俳句の季語、“馬酔木”について教えてくれた。
「白い小さな可憐な花をつけるのが馬酔木。これは春の季語ですね。葉っぱを食べると馬が酔っ払うといわれるから馬酔木と名がついたそうですよ」
「俳句は、誰もがわかる情景を詠むといいですよ」と、〆の一句。
「角打ちの 酒の甘露や 春の宵」。
2022年4月10日取材
■水上酒店
【住所】東京都台東区三ノ輪1-1-8
【電話番号】03-3872-2754【営業時間】10~19時(日曜は16~19時)、不定休
焼酎ハイボール170円、缶ビール(350㎖)250円、缶詰200円、6Pチーズ50円、豆スナック2個で50円
※営業時間等は店舗にお問い合わせください。