個別の問題はともかく、シンプルに考えれば人手が足りなくて困っているなら、人に来てもらうために時給を上げるのは当然と思うのは無理もない。
「人を雇いたい人たちで奪い合えば賃金は上がるはずですよね、それが経験者とか優れた人ならもっと上がるはずなんですけど、多くは上げませんよね」
「自分のところだけ時給を上げると商店会から睨まれる」
大学で経済学、とくに労働経済学を学んだ人には懐かしいかもしれないが、「労働需要曲線」「労働の限界不効用」「労働の限界生産力逓減の法則」なんて習ったはずだ。もちろんここではそうした学問を持ち出すことは本旨ではないため割愛するが、日本の一般的な賃金は国が最低時給を決めたらおおむね、その最低時給かそれに近い額であり、新卒も含めておおむね、基本給が横並びであることの多いことは既知の事実だろう。アメリカのように人手不足で平均時給が約32ドル(約4000円、アメリカ労働統計局・2022年5月発表)なんて話は日本ではあまり聞かれない。
日本の地域別最低賃金は全国平均で930円(時間額換算)だが、アメリカの他にもイギリスや東南アジアの一部では時給が3000円、4000円と跳ね上がっている。チップ代など日本に馴染まない分も含まれているケースもあるが、それを加味しても日本以外の先進諸外国では物価の高騰と賃金の高騰はワンセット、ドイツも一気に9.82ユーロ(約1377円)から12ユーロ(約1683円)に最低時給を上げた(為替レートは6月6日時点のもの)。しかし日本はそうではない。そもそも30年間、日本で賃金は上がらない。上がっているのは税金ばかり、近年は物価も上がり始めた。平均時給そのものは上昇傾向にあるが、そうした調査会社の発表ほどには現場の実感は上がったという感覚がないだろう。実際、時給ではないが日本の平均賃金は世界でも韓国どころかスロベニアより低い(OECD・2020年)。どこの国と比べてというよりOECDでも「相当下位」と2021年、当の経団連会長すら認めている。
「そもそも、横並びですよね」
これについては先の最低時給が引き上げられた2021年10月、筆者は鳥取の商店主に話を聞いている。鳥取の最低時給は821円だが、1991年に見かけた千葉のゲームセンターの時給850円とそれほど変わらない。鳥取の求人を見れば1000円前後の募集もあるが、やはり最低時給に近い案件も多く並ぶ。地域も業種も違うとはいえ30年以上の時を経ていると考えれば、いまだ地方が取り残されていることに日本そのものが不安になってくる。しかし店主の回答はそれを上回る文面だった。
「821円なんて厳しいです。10年前から150円以上も上がってるんですよ。その間に景気が上向いたわけでもないし、ずっと景気は沈みっぱなしなのに最低賃金だけ上げられても厳しくなるばかりです」