当時の神田川は「世界一の都市」といわれた江戸の生活を支えていた

当時の神田川は「世界一の都市」といわれた江戸の生活を支えていた

 ここに登場する「桃青」こそ、当時の芭蕉の俳号である(「芭蕉」を名乗るのは天和三年=1683年頃)。現代でも「町内会全員参加の側溝掃除」という地域は珍しくないが、“面倒くさいなぁ、業者に委託してしまおうよ”と思う人も少なくないはず。まして当時は、江戸開幕から70年も過ぎた平和な延宝期。裕福な名主たちの中には浚渫の重労働を敬遠して、「カネを払って誰かに水道掃除を代行してもらおう」と考える者は多くいたようで、そんな人からの契約を請け負ったのが桃青(芭蕉)だった。言ってみれば現代の「請負ビジネス」の先駆けといえる。

 町年寄のお触れで契約を奨励されるほどの“大手請負会社”だけに、その規模もなかなかのもの。田中善信書『芭蕉=二つの顔』(講談社選書)によれば、江戸時代の浚渫工事経費をもとに推測すると、芭蕉が携わった工事の人足は数百人を要したと指摘している。屈強な数百人の作業員を束ねて工事現場に動員する“親方”だったと知れば、芭蕉に抱くイメージも変わるのではないだろうか。

※松尾芭蕉(1644-1694)/伊賀国生まれの俳人。俳諧などを学んだ後、29歳で江戸に下る。「蕉風」と呼ばれる俳諧を確立させた。

【筆者プロフィール】
竹内明彦(たけうち・あきひこ)/1951年、東京都生まれ。1976年に早稲田大学文学部を卒業後、出版社入社。退職後に江戸歴史文化検定協会理事を務めた。近著『文人たちの江戸名所』(世界書院)では松尾芭蕉のほか、平賀源内、新井白石ら、江戸文化人の異色エピソードとゆかりの地について、史料を紐解きながらコミカルに解説している。

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