過剰に劇的には描きたくない

 実は桐矢の母が9歳の時、一家は今の家に越し、祖母だけがついてこなかった。その理由を母たちは〈お父さん、あの頃、よその女の人とつきあっとったんやで〉と言い、祖父には祖父で娘に言えない話もあった。

 そんな中、桐矢は離婚して4歳の息子がいる〈葉月さん〉に恋をしたり、勤め先のカルチャー教室で館長に食って掛かったりしながら日々を過ごす。手芸教室の男性やシステマ教室の70代女性〈北野丸さん〉を珍獣扱いする館長に彼は思う。

〈多数派が少数派に「めずらしい存在」というラベルを貼れば、他の人もやっぱり「そうか、こいつはめずらしいものとして扱っていいんだ」と思ってしまう〉〈そいつは良くねえ、許しちゃいけねえ〉と。

「彼は館長の言動を正したかっただけなんですよね。セクハラで偉い人が辞めたりする時も『ざまあみろ』なんて誰も思っていないし、どうするのが一番いいのか、みんなが困っていると思う。

 この館長や祖父の年代はジェンダーとかルッキズムとか言うと、自分が責められていると思うらしい。でもそれは違う。みんななんです。みんなが変化の途中にいて、しかも正解はまだない以上、意固地にならず、わからないことを少しずつ変えていけたらいいなと」

 何事も「男は」「女は」で考える義景ではあるが、ようやく得た家族に対する思いの強さや、桐矢に〈食え〉〈強うなれ〉と言って古巣のレトルトカレーの、しかも〈甘口〉ばかり買ってくる時の心情は、世代も時代も問わないと寺地氏は言う。

「強くなれは男も女もなく、年長者が年少者に抱く共通の願いだと思うんです。その強さの解釈は違っても。そもそも私はこうすれば感動的という展開を避ける癖があって、例えば人間関係や人の死に関しても過剰に劇的には描きたくない。実際は会話もなかったりするのに、最後にわかりあえるのが理想だとフィクションで形を作ってしまうと、現実が苦しくなると思うんです。私はそうできなかったな、とか。それって哀しすぎますから」

 リアルといっては事足りないほど、そうとしか言いようのない人々のあり様や手触りは、読んでしか得られないもの。ぜひ一読を。

【プロフィール】
寺地はるな(てらち・はるな)/1977年佐賀県唐津市生まれ。31歳の時、結婚を機に大阪へ。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で第9回河合隼雄物語賞。2020年度咲くやこの花賞。著書は他に『今日のハチミツ、あしたの私』『架空の犬と嘘をつく猫』『大人は泣かないと思っていた』『タイムマシンに乗れないぼくたち』等。「私自身は自分で納得ゆくものは食べたいけれど、別に有名店でなくてもいいし、行列にも並びません」。153cm、A型。

構成/橋本紀子 撮影/国府田利光

※週刊ポスト2022年7月8・15日号

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