これまで、韓国社会ではベトナム戦時下の韓国軍の加害行為について語ることはタブー視されてきた。2000年には、このことを大きく取り上げた韓国メディアが、ベトナム戦争に参加した元軍人らの怒りを買い、「国のために命を捧げた戦友らの人格を否定した」として社屋を襲撃され、破壊されるという深刻な事件も起きた。
そうした風潮が2021年3月の大法院判決により変化し、歴史の闇に葬られてきた事実に光が当たるのではと期待されたのだが、事態はそうは動かなかった。村山氏が続ける。
「判決の翌月、国情院が公開したのは、事件当時に聴取を受けた小隊長3人の名前と居住地を示すハングル(韓国語の文字)15文字だけ。事実の解明にはほど遠いものでした。また、同年11月には、ベトナム人の被害者女性が韓国政府に損害賠償を求めて起こした裁判の法廷に韓国軍の元兵士が立ち、『当時、韓国軍は民間人と見られる現地人を大量に殺害した』と証言しました。しかし、証言について報じた韓国メディアはあまりなく、その後今日まで、韓国国内で新たな動きは報じられていません。
私はこの問題の取材のために、2020年までの13年間でベトナムに16回、韓国に10回足を運び、約30人のベトナム人被害者、20人余りの韓国軍元兵士らから話を聞きました。その成果は8月に上梓する拙著『韓国軍はベトナムで何をしたか』で詳述しています。
韓国の民間人や市民団体による現地での調査や救済活動は1990年代末に始まっていますが、“未来志向”の韓国とベトナム両政府はこの問題に向き合おうとせず、事件発生から50年ほど経った今も、事件の解明につながる公式調査、謝罪、被害者への補償などは一切行われていません。
韓国の歴代大統領の姿勢は保守系・進歩系を問わず一貫しており、1998年に大統領に就任した金大中氏がベトナム訪問時、韓国大統領として初めて『不本意ながら、過去の一時期、不幸な時期があった』と婉曲的な表現で謝罪したくらいです。
2018年には前大統領の文在寅氏がベトナム国家主席との首脳会談で、『我々の心に残っている両国間の不幸な歴史について遺憾の意を表する』と発言しました。しかし発言後、韓国大統領府関係者が『ベトナム民間人虐殺の真相調査や賠償につながる公式謝罪ではなく、遺憾表明だ』とわざわざ“注釈”をつけ、それ以上の進展は見られませんでした」
就任から約2か月。今後、尹大統領がベトナム戦時における韓国の「過去」にどう向き合うのか、注目が集まっている。