外遊する安倍氏の祖父・岸信介元首相(時事通信フォト)
名簿に100人以上の議員
もっとも、旧統一教会が接近した政治家は岸氏や晋太郎氏だけではない。入信させて高額なお布施をとる同教団の「霊感商法」がしばしば社会問題化した1980年代から1990年代にかけて、旧統一教会・勝共連合は選挙運動を通じて自民党を中心に与野党の多くの議員に食い込み、政界に強い影響力を持った。
当時、本誌・週刊ポストは旧統一教会の政界工作を再三にわたって報じたが、自民党有力議員の秘書は政界への浸透ぶりをこう証言していた。
「統一教会の会員は最初は選挙ボランティアで入ってくる。選挙活動は熱心だし、手弁当で無報酬、そのうえ支持者名簿まで提供してくれる有り難い存在。そして議員に活動ぶりを認められると、給料はいらないから秘書にしてくださいと言ってくる。私設、公設含めて永田町には多くの統一教会の会員の秘書がいます」
勝共連合が当時作成したとされる自民党内の「勝共推進議員」名簿には、100人以上の議員の名前があった。勝共連合が「協力者」とみていた議員たちだ。
その政界への影響力を垣間見せたのが、宮澤喜一政権下の1992年、日本に入国できないはずの文総裁が、「日本の議員連盟との意見交換」という名目で、法務大臣の特別許可を得て入国したことだった。文氏は“自民党のドン”と呼ばれた金丸信・自民党副総裁とも会談し、文氏の入国問題は、「金丸氏から政府に圧力があった」と報じられて国会で問題化した。
「しかし、1990年代に入ってから、霊感商法や合同結婚式への批判が強まり、統一教会の政界との関係は次第に薄くなっていった」(有田氏)
ただし、1990年代後半にも文氏は日本に入国しようとしたことがある。法務大臣経験者がこう振り返る。
「当時の野党の有力議員をはじめ、何人もの議員から文氏の入国を認めてほしいという働きかけを受けたが断わった」
政界に隠然たるパイプがあったことを窺わせる話だ。