ライフ

【逆説の日本史】戦前から連綿と続く「尊い犠牲を無駄にするな!」という「日本教」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立IV」、「国際連盟への道2 その6」をお届けする(第1351回)。

 * * *
 読者のなかには、なぜ近代史に入ったのに南北朝問題をこんなに詳しくやるのか、疑問に思っている人もいるかもしれない。だが、それこそまさにこれまでの日本史教育が日本人の頭のなかに刷り込んでしまった、「宗教の無視」という陥穽なのだ。人間の心の底には、常に宗教がある。今も昔もだ。それなのに、いまだに「日本人は無宗教」などと主張する人がいる。とんでもない誤りである。本当に日本人が無宗教なら、常に物事を合理的に考えることができるはずである。

 それならば戦前日本が日米戦争に突入することも無かっただろうし、戦後これほど憲法改正が困難になることも無かっただろう。私の作品の愛読者なら、なにを言っているのかわかっていただけるだろうが、新規の読者もいる。なにを言っているのか、まったくわからないという人もいるだろう。念のため説明しよう。

 戦前の戦争は「無謀だった」とされる。いや、うまくやれば勝てたという人もいるが、そんな論者でもかなりの「大冒険」であったことは誰も否定しないだろう。合理的に考えれば、(原爆の出現は予想できなかったとしても)戦争に負け数十万人の犠牲者が出ることも予測できないわけではなかった。しかし実際には戦争に踏み切って、結果的に約三百万人の犠牲者が出た。なぜ、戦争回避という合理的な判断ができなかったのか? 歴史学者はさまざまな政治的や外交的な理由を挙げるが、人間不合理な判断をするときは必ずその根底に宗教がある。

 結局、戦争を避けることができなかったのは、日本人が「戦わなければ、満洲を獲得するために犠牲となった十万人の死が無駄になってしまう」と考えたからだ。日本人はすべてと言っていいほど、この「尊い犠牲者の死は無駄にしてはならない」という宗教の信者であって、これに抵抗することはきわめて難しい。戦前でも平和第一を主張する人はいた。だが、そういう人はまるで人間のクズのように非難されたのだ。

 それでも口にする人はまだマシだ。多くの人はそういう言葉を口にすればどんな目に遭うか知っているから、口にしない。小説や映画や流行歌も、言論ですらその宗教に翼賛する形になるから、思想統制などしなくても「平和第一」などまったく言えない世の中になる。ちなみに、それが完成したのが昭和前期である。だからこそ「無謀な戦争」が実行可能になった。

 だが、その結果満洲を失ったばかりか約三百万人の犠牲者が出た。しかし「尊い犠牲者の死は無駄にしてはならない」という絶対的な「宗教」は変わらない。するとどうなるか? 戦後は信仰の対象が一転して「満洲」から「日本国憲法」になった。「日本国憲法を獲得するために犠牲となった約三百万人の死は決して無駄にしてはならない」、だから「憲法は絶対変えてはならない。改憲は悪だ」ということになった。

 合理的論理的に考えてみよう。そもそも憲法とはなにか、国家とはなにか?

 民主国家とは国民を守るための組織であり、憲法とはその使命を果たすために国家が守らなければならない、もっとも基本的なルールだ。しかし、日本国憲法第九条は戦力を持つことすら否定している。これも常識だが、政府は憲法を誠実に守る義務がある。しかし、この憲法を日本国政府が誠実に守ろうとすればするほど、日本の国民を侵略者から守ることはできない。戦力すら持てないのだから。

 実際には日常のように日本の領域にミサイルを撃ち込んだり、他国の領域を侵略する独裁者が存在するにもかかわらず、である。つまり日本国憲法は、とくに第九条を持つから欠陥憲法と言わざるを得ない。合理的論理的に考えれば、これ以外の結論は無いはずである。

関連記事

トピックス

米利休氏のTikTok「保証年収15万円」
東大卒でも〈年収15万円〉…廃業寸前ギリギリ米農家のリアルとは《寄せられた「月収ではなくて?」「もっとマシなウソをつけ」の声に反論》
NEWSポストセブン
埼玉では歩かずに立ち止まることを義務づける条例まで施行されたエスカレーター…トラブルが起きやすい事情とは(時事通信フォト)
万博で再燃の「エスカレーター片側空け」問題から何を学ぶか
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《趣里が結婚発表へ》父の水谷豊は“一切干渉しない”スタンス、愛情溢れる娘と設立した「新会社」の存在
NEWSポストセブン
SNS上で「ドバイ案件」が大騒動になっている(時事通信フォト)
《ドバイ“ヤギ案件”騒動の背景》美女や関係者が証言する「砂漠のテントで女性10人と性的パーティー」「5万米ドルで歯を抜かれたり、殴られたり」
NEWSポストセブン
事業仕分けで蓮舫行政刷新担当大臣(当時)と親しげに会話する玉木氏(2010年10月撮影:小川裕夫)
《キョロ充からリア充へ?》玉木雄一郎代表、国民民主党躍進の背景に「なぜか目立つところにいる天性の才能」
NEWSポストセブン
“赤西軍団”と呼ばれる同年代グループ(2024年10月撮影)
《赤西仁と広瀬アリスの交際》2人を結びつけた“軍団”の結束「飲み友の山田孝之、松本潤が共通の知人」出会って3か月でペアリングの意気投合ぶり
NEWSポストセブン
米利休氏とじいちゃん(米利休氏が立ち上げたブランド「利休宝園」サイトより)
「続ければ続けるほど赤字」とわかっていても“1998年生まれ東大卒”が“じいちゃんの赤字米農家”を継いだワケ《深刻な後継者不足問題》
NEWSポストセブン
田村容疑者のSNSのカバー画像
《目玉が入ったビンへの言葉がカギに》田村瑠奈の母・浩子被告、眼球見せられ「すごいね。」に有罪判決、裁判長が諭した“母親としての在り方”【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
アメリカから帰国後した白井秀征容疑(時事通信フォト)
「ガイコツが真っ黒こげで…こんな残虐なこと、人間じゃない」岡崎彩咲陽さんの遺体にあった“異常な形跡”と白井秀征容疑者が母親と交わした“不穏なメッセージ” 〈押し入れ開けた?〉【川崎ストーカー死体遺棄】
NEWSポストセブン
赤西と元妻・黒木メイサ
《赤西仁と広瀬アリスの左手薬指にペアリング》沈黙の黒木メイサと電撃離婚から約1年半、元妻がSNSで吐露していた「哺乳瓶洗いながら泣いた」過去
NEWSポストセブン
元交際相手の白井秀征容疑者からはおびただしい数の着信が_(本人SNS/親族提供)
《川崎ストーカー死体遺棄》「おばちゃん、ヒデが家の近くにいるから怖い。すぐに来て」20歳被害女性の親族が証言する白井秀征容疑者(27)の“あまりに執念深いストーカー行為”
NEWSポストセブン
不倫疑惑が報じられた田中圭と永野芽郁
《永野芽郁のほっぺたを両手で包み…》田中圭 仲間の前でも「めい、めい」と呼ぶ“近すぎ距離感” バーで目撃されていた「だからさぁ、あれはさ!」
NEWSポストセブン