高田さんの基金にはこれまでに1200万円の寄付金が集まった。その中心人物でありながら、避難民と関係を持った事実については「まずかった」と認めながらも、こう釈明する。
「僕は独身ですから。メンタル面も含め、一緒にいたら情も湧きます。結婚前提の付き合いを考えていました。ただ、携帯のメールを勝手に何度も見られたのは嫉妬の域を超えている。問題になったメールへのキスマークはありません。彼女の被害妄想です」
続けて医学者という高田さんは、オレーナさんのこんな内情を明かす。
「彼女は来日当初からPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えていました。雷が鳴ると空爆音に、風切り音が空襲警報に聞こえ、精神的に不安定でした。幻覚も出ました。全ての原因は彼女の病気にあります」
病気についてオレーナさんに尋ねると、彼女はウクライナに帰国後、「精神に異常なし」という医師の診断書を取得し、私に送ってきた。
最初は純粋な気持ちで始まったはずの避難民支援──。男女の関係に発展しなければ、ここまでこじれなかったのではないか。
1週間で逃げ出した
恋仲にならずとも、身元保証人とウクライナ避難民の関係はやはり難しい。前者が航空券や滞在費などの金銭的負担をする場合、そこには必然的に上下関係ができてしまうからだ。
6月末に来日したアナスタシアさん(仮名、40代)は、ウクライナ南部の同郷の友人とともに地方で避難生活を送った。場所は、身元保証人の吉本さん(仮名、60代)が経営する小さなホテルだった。ところがオレーナさんと同じく、来日直後から報道陣に押しかけられ、戸惑った。
「取材については事前に知らされていませんでした。翌日も朝から『インタビューだよ』と起こされ、気分が乗りませんでした。保証人は単に注目を浴びるために、私たちを広告塔として利用したのです」
ある時、吉本さんからこう怒鳴り散らされた。
「お金をたくさん使って支援をしているのだから、俺の言うことを聞け!」
これ以上の滞在は危険と判断したアナスタシアさんたちは、出入国在留管理庁などに支援を求め、遠く離れたビジネスホテルへ「避難」した。吉本さんのもとに滞在したのはわずか1週間だった。
吉本さんは、暴言を吐いた事実は認めたものの、こう主張する。
「寄付者の善意を断ろうとしたので、つい強く言ってしまいました。それに私は彼女たちの渡航費やビザ代、国内の交通費、ホテル代など総額100万円近くを負担していました」
日本財団は渡航費支援を実施しているが、避難民がいない今、必要書類を提出できないため、支給はされそうもない。自治体にも掛け合ったが支給は断られ、全額自己負担になった。あまりのあっけない幕切れに、憤りを隠せない。
「これまでやってきたことは何だったんだろう」
アナスタシアさんはその後、元いた自治体から支援金25万円を受け取り、日本語を勉強しながらホテルに無料で宿泊している。
「ホテルから出されるお弁当も飽きてきました。働くこともできないし、散歩して暇を持て余しています。そろそろウクライナに帰りたいです」
群馬県では5月、ウクライナ避難民の親子が身元保証人の滞在先から失踪した。関西地方でも8月末、やはり身元保証人とのトラブルから3人が帰国しており、来日した避難民のその後は明暗が分かれている。
欧州に追随する形で日本政府がぶち上げたウクライナの避難民支援。その受け入れ体制には徐々に綻びが出始めている。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/1975年、三重県生まれ。ノンフィクションライター。上智大学外国語学部卒業。新聞記者やカメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを拠点に活動し、現在は東京。2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『だから、居場所が欲しかった。』『脱出老人』など。
※週刊ポスト2022年10月7・14号