ライフ

【逆説の日本史】「第二教育勅語」が保留にされたまま発布されなかった理由を推理する

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3 その911をお届けする(第1366回)。

 * * *
 西園寺公望の「第二教育勅語」発布による日本人の精神改造計画、それは具体的に言えば朱子学のもたらす「独善性」および「治世よりも乱世を尊ぶ傾向」を、日本人の心のなかから排除することが目的だった。

 あらためて強調しておくが、朱子学とは「亡国の哲学」であり清国も朝鮮国も結局この「毒」によって滅んだ。しかし、日本だけは朱子学に神道を「習合」させることによって、朱子学だけでは絶対不可能である四民平等を実現し男女平等を推進した。そして天才渋澤栄一の尽力によって、朱子学の「毒素」の一つである経済蔑視も排除した。残るは前記の「独善性」および「治世よりも乱世を尊ぶ傾向」を排除すれば、日本は朱子学の悪影響を脱した理想の国家になれる。その道をめざしたのが西園寺なのだが、これは失敗に終わった。なぜ失敗に終わったのかと言えば、第二教育勅語は結局発布されなかったからである。

 では、なぜ発布されなかったのか? 歴史学界の意見は二つに分かれているようだ。一つは、第一教育勅語発布にかかわった保守派が反発し妨害したからだとする説。もう一つは、ほかならぬ第二教育勅語制定の時期に西園寺が病気を患い目的を完遂できなかったとするものである。

 まず「保守派による妨害説」だが、これはあり得ないと考えていいだろう。なぜなら、西園寺はこの第二教育勅語の発布を明治天皇の支持の下に進めていたからである。天皇はしばしば西園寺の文教政策への信頼を口にしており、そのことはさまざまな記録に残っている。だからこそ天皇の信頼が篤かった伊藤博文は、まず文部大臣として西園寺を起用した。そんななかで、「臣下」にすぎない保守派が西園寺の計画を妨害できるはずも無い。

 ここで、西園寺の第二教育勅語「策定」以外の文教政策について紹介しておこう。実現したもののなかで言えば、まず京都帝国大学の設立が挙げられる。京都帝国大学は、一八九七年(明治30)六月に勅令によって京都に設置された、東京帝国大学に続く、第二の国立総合大学だった。設立計画は明治二十年代からすでにあったが、当時の大日本帝国の国力では国立総合大学を二つ作るのは難しく、かろうじて三高(第三高等中学校)が京都に創立されるのにとどまった。

 その後、日清戦争もあり計画が先送りになっていたのを西園寺文相が実現した。京都大学は〈当時東京にあった唯一の帝国大学に対し、競学の風を起し、清新な学術の発達を促すことに主眼がおかれ〉〈東大が政府との因縁深くそれと密着してとかく官僚主義的気風の目立ったのに対して、当初から自主独立の気概と自由主義的学風に富んでいた〉(〈 〉内は『国史大辞典』吉川弘文館刊の「京都大学」の項目からの引用。項目執筆者柴田実)。京大がこのような「自由主義的学風」になったのは西園寺の影響だろう。

関連キーワード

関連記事

トピックス

雅子さま(2025年10月28日、撮影/JMPA
【天皇陛下とトランプ大統領の会見の裏で…】一部の記者が大統領専用車『ビースト』と自撮り、アメリカ側激怒であわや外交問題 宮内庁と外務省の連携ミスを指摘する声も 
女性セブン
相次ぐクマ被害のために、映画ロケが中止に…(左/時事通信フォト、右/インスタグラムより)
《BE:FIRST脱退の三山凌輝》出演予定のクマ被害テーマ「ネトフリ」作品、“現状”を鑑みて撮影延期か…復帰作が大ピンチに
NEWSポストセブン
名古屋事件
【名古屋主婦殺害】長らく“未解決”として扱われてきた事件の大きな転機となった「丸刈り刑事」の登場 針を通すような緻密な捜査でたどり着いた「ソフトテニス部の名簿」 
女性セブン
今年の6月に不倫が報じられた錦織圭(AFP時事)
《世界ランキング急落》プロテニス・錦織圭、“下部大会”からの再出発する背景に不倫騒と選手生命の危機
NEWSポストセブン
国仲涼子が『ちゅらさん』出演当時の思い出を振り返る
国仲涼子が語る“田中好子さんの思い出”と“相撲への愛” 『ちゅらさん』母娘の絆から始まった相撲部屋通い「体があたる時の音がたまらない」
週刊ポスト
「運転免許証偽造」を謳う中国系業者たちの実態とは
《料金は1枚1万円で即発送可能》中国人観光客向け「運転免許証偽造」を謳う中国系業者に接触、本物との違いが判別できない精巧な仕上がり レンタカー業者も「見破るのは困難」
週刊ポスト
各地でクマの被害が相次いでいる(左/時事通信フォト)
《空腹でもないのに、ただただ人を襲い続けた》“モンスターベア”は捕獲して山へ帰してもまた戻ってくる…止めどない「熊害」の恐怖「顔面の半分を潰され、片目がボロり」
NEWSポストセブン
カニエの元妻で実業家のキム・カーダシアン(EPA=時事)
《金ピカパンツで空港に到着》カニエ・ウエストの妻が「ファッションを超える」アパレルブランド設立、現地報道は「元妻の“攻めすぎ下着”に勝負を挑む可能性」を示唆
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さんの胸キュンワンシーンが話題に(共同通信社)
《真美子さんがウインク》大谷翔平が参加した優勝パレード、舞台裏でカメラマンが目撃していた「仲良し夫婦」のキュンキュンやりとり
NEWSポストセブン
兵庫県宝塚市で親族4人がボーガンで殺傷された事件の発生時、現場周辺は騒然とした(共同通信)
「子どもの頃は1人だった…」「嫌いなのは母」クロスボウ家族殺害の野津英滉被告(28)が心理検査で見せた“家族への執着”、被害者の弟に漏らした「悪かった」の言葉
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“最もクレイジーな乱倫パーティー”を予告した金髪美女インフルエンサー(26)が「卒業旅行中の18歳以上の青少年」を狙いオーストラリアに再上陸か
NEWSポストセブン
大谷翔平選手と妻・真美子さん
「娘さんの足が元気に動いていたの!」大谷翔平・真美子さんファミリーの姿をスタジアムで目撃したファンが「2人ともとても機嫌が良くて…」と明かす
NEWSポストセブン