1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動している。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、調教師の“台所事情”についてお届けする。
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日本競馬の賞金レベルは世界一です。JRAならば3歳未勝利戦でも1着が550万円、古馬最下級条件の1勝クラスでも800万円。重賞にもなれば何千万円、最も高いジャパンカップと有馬記念は今年から5億円になりました。しかも勝った馬だけではなく、普通のレースだと9着まで、オープンクラス以上だと10着まで賞金が出ます。1着賞金が1億円のGIなら、5着でも1000万円です。
そのうち馬主さんが80%、「進上金」としてジョッキーと厩務員が5%ずつ、そして調教師は10%をいただくことになっています。有馬記念でも勝てば、2分30秒ぐらいの間に5000万円──そんなことで、とても夢のある職業ではありますが、新米調教師の僕にとっては、まだまだ遠い世界の話です(泣)。
そもそも調教師は、月々決まった給料をいただいていません。調教助手や厩務員などスタッフの給料は、馬の飼い葉代などと一緒に馬主さんからいただく預託料に人件費として含まれていますが、調教師の分は入っていない。収入はレースの進上金だけです。自宅と厩舎と競馬場を行ったり来たりしているだけなので、お金を使う時はあまりないと言えばないのですが、なかなか厳しいです。
厩舎の建物はJRAから家賃を払って借ります。敷地代はもちろん、馬房、大仲(従業員が休憩したり打ち合わせしたりする部屋)や、洗い場などの分まで払っています。もちろん電気、ガス、水道、冬場に使うストーブの灯油などのランニングコストもかかる。新しい寝藁の仕入れと汚れた寝藁の処理代にもお金がかかる。ここのところ世間並みに値上げの波をかぶってしまって、飼料なども上がっているのですが、だからといってすぐに預託料をあげるわけにはいかないので、時にはマイナスになってしまうこともあります。
厩舎開業も、いわば会社を興すようなものですからあれこれ初期費用がかかりました。