今も沖縄を他者として見ている
「これは話す度に顔が赤くなるのですが、私は中学の頃、詩ばかり読んでいて、山之口貘もその1人でした。『ああ、この人は沖縄の人なんだ』と思った記憶があるし、日本から切り離された故郷のことをヤマトグチで詩にした彼は、亀次郎に負けない物語の軸になるだろうと直感しました。
とはいえ彼は1963年に亡くなってしまうので(享年59)、後半パートを誰に託そうかと悩んだ結果、沖縄資料センターを創設した中野好夫が浮かんだ。ただ個人的に中野好夫は翻訳家としての印象がどうしても強く、ミチコという架空の人物を介在させながら、72年の復帰までの20年間を何とか書きあげることができました」
中野達の思いや、貘さんが伊波南哲らと毎月「琉球舞踊の夕」を開いた池袋の沖縄料理店「おもろ」、また柳宗悦も絶賛した文化などを通じて、今では沖縄に親近感を抱く者は少なくない。が、日米地位協定の下で繰り返される悲劇に対して何もしなかった者はそれ以上に多く、その距離や負い目に亀次郎達の生の言葉は痛いほど突き刺さる。
「亀次郎の演説を極力原文に近い形で書いたのも、沖縄の問題が復帰で終わりではないからです。今に繋がる問題だからこそ、事実関係や歴史背景もちゃんと押さえないと、単なるウソ話になってしまいますから。
今は沖縄の若い人の中にも戦後の沖縄の歴史を知らない人が増えている。特に1952?1972年を本土と沖縄、双方から扱う小説はこれまで誰も書いてこなかった。逆に言うと我々の世代は、全共闘も転向も一切関係ない、沖縄から見た日米関係史をやっと書ける世代なわけで、本土復帰という美名の裏で佐藤政権が何をしたのかも、この小説を読んで初めて知る人も多いのではないかと思います」
昨年、復帰50年を境とした世論の盛り上がりには、柳氏も当初期待したという。
「それがウクライナ侵攻以来、沖縄や周辺の島々は逆の文脈で注目され、安全保障上、米軍基地の存在を積極的に肯定する社説さえ出た。権力の側にある人達は今も沖縄を他者として見ていて、だから捨て石にすることに躊躇がないのでしょう。正直無力感もありましたが、亀次郎達がいなければ沖縄はもっと踏みつけられていたとも思う。この物語を通して、少しでも彼らの言葉や闘いについて知ってもらえればと思います」
事実は確かに痛くて辛い。それでも〈諦めなければ、この物語には続きがある〉と説いた亀次郎の普遍的な人間としての訴えや祈りに、柳氏は唯一の光や〈沖縄の民主主義〉を見出すのだ。
【プロフィール】
柳広司(やなぎ・こうじ)/1967年三重県生まれ。神戸大学法学部卒。2001年『贋作「坊っちゃん」殺人事件』で第12回朝日新人文学賞。2009年『ジョーカー・ゲーム』で第26回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞。同作は後にシリーズ化され、ベストセラーに。著書は他に『新世界』『トーキョー・プリズン』『虎と月』『キング&クイーン』『象は忘れない』『風神雷神』『二度読んだ本を三度読む』『太平洋食堂』『アンブレイカブル』等。177cm、63kg、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年3月24日号