また、続けて発言を買って出たローズの、〈たとえ私が貧しくとも〉〈私は人間である〉で始まるスピーチは、神の教えに忠実な保守派の陪審員の心をも揺るがし、感動的としか言い様がない。
「このローズのスピーチは公民権運動の英雄ジェシー・ジャクソンが元ネタだとわかってもらえるか不安だったんですけど、皆さん、好意的に受け止めてくれて。
ヒューマンという言葉も、結局はどこまでを『私達』とするかだと思うんです。人間の枠を徒に狭めるより、包括的に広げる方が、そこからハミ出す人を救えたり、LGBTqや人種の問題も同じ問題として考えられたりする。『私達』と『その他』の分断は、どうしても軋轢や衝突を生みますから」
そんなアメリカも日本もない分断の時代に相応しい、今っぽい小説ですねと言うと、こう答えが返って来た。
「たぶん100年後に書いても今っぽいと言われると思うんです。人間が変わらない以上、これに似たことはどの社会でも起こり得る。だからこそ身近に読んでほしい。別にゴリラが裁判しなくても、です!(笑)」
改めて人間という言葉の大きさに驚かされ、しかも文句なしに面白い、物語の底力を堪能できる1冊だ。
【プロフィール】
須藤古都離(すどう・ことり)/1987年神奈川県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒。「一度働いてから入ったんで、卒業した時は28歳でした」。3年前から執筆及びハヤカワSFコンテスト等への応募を開始、2022年本作で第64回メフィスト賞を満場一致で受賞。今夏に早くも長編第2作が刊行予定。現在は主夫兼作家の傍ら保護犬の預かりボランティアも手がける。「でも生後5か月の娘の世話で忙しくて。今いる子の里親が決まったら一度お休みします」。170cm、70kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2023年3月31日号