学習院大学卒業後はアミューズメント会社に就職
志村さん行きつけの店で店主と話すよしまさ
よしまささんがものまねを始めたのは中学生の頃。運動音痴で、帰宅部だったよしまささんは、志村さんの出演番組を録画したテープを見まくる日々。志村さん出演のCMを録画したテープに、たまたま映っていたなかじまのものまねに衝撃を受け、ものまねを始めた。しかし、志村さんやドリフターズのメンバーのものまねはしたことはなかった。
「好きすぎて、ものまねをしようという考えが浮かびませんでした。でも、基本は好きな人──城みちるさんやあいざき進也さん、小柳ルミ子さん、沢田研二さんら昭和時代に活躍していた方たちの歌まねをしていました。高校の学園祭で披露したのですが、同級生はもと歌を知らないので理解してもらえず、保護者にウケていました」
学習院大学経済学部に進学すると、ショーパブなどに自ら売り込みものまねを披露するように。大学卒業後は某アミューズメント会社に就職。ブレイクした今も脱サラせず、会社員と二足のわらじを履いたまま、有給休暇を利用して芸能活動を続けている。
「ものまねは好きだったけれど、それで稼いで職業にしようとは思っていませんでした。もともと人前で何かをするのは苦手で、もとの人ありきのものまねだから人前に立てているぐらいなので、オリジナルでコントを考えて漫才をやるとか、芝居や音楽をやるとかは、とてもできません。
僕はものまねが好きで、志村さんやドリフの方々のほかだと、昭和歌謡のものまねがやりたいんです。テレビでは『若い人は知らないから』と、なかなかやらせてもらえないので、それらを組み合わせて単独ライブをやってみたい。これが今の僕のもうひとつの夢ですね」
二足のわらじは体力的に厳しくないのだろうか。
「今、休みはないですが、ものまねも会社員としての仕事も、どちらも大好きなので、疲れは感じません。むしろ、テレビに出た後の反響の大きさに驚いて、『ちゃんとやらなくては志村さんに失礼になる』と身のひきしまる思いです。脱サラしないのは、会社員としてもやりたいことがあるから。僕が幼い頃はアーケードゲームが大ブームだったので、そのブームをもう一度復活させたい、と思っています」
ブレイクし、プライベートでの変化はあったのだろうか。