名だたるノンフィクション賞を総なめにした『嫌われた監督』を始め、鈴木忠平作品最大の特徴は、まるで映画かドラマを観ているような感覚に陥ること。読んでいて映像が浮かぶどころか、その場面や瞬間にまさに立ち会っているかのような再現力なのである。
本書『アンビシャス』は、今年3月、北海道日本ハムファイターズの新本拠地として開業したエスコンフィールドHOKKAIDOの舞台裏に迫った待望の新作。総工費600億円に上るこの一大事業には自治体や地元住民らの利害が複雑に絡み、そもそも「なぜ札幌ドームがあるのに、新球場?」と誰もが首を傾げる中で計画はスタートした。その立案からして波瀾な道程を追う本書の冒頭には、ドラマさながらのイラスト付きの登場人物紹介が載る。
「僕は球団職員や背広組の方も物語の主役に十分なりうると思っていて、いつかはみんなが知らない人の、みんなが共感できる物語を、書いてみたかったんです」(鈴木氏、以下同)
まずはその登場人物から。札幌市が所有する現球場の改修ではなく、街と一体化した全く新しい〈ボールパーク構想〉の実現を夢見た前沢賢事業統轄本部長と商社出身で財務に強い三谷仁志副部長を軸に物語は進み、北海道移転当時の実務担当だった島田利正球団代表や、編成を統轄する吉村浩GM。さらに著者に〈おもしろい人間ドラマがある〉と情報をもたらした元先輩記者で現球団職員の高山通史氏までが、ファイターズ関係者。
日ハム本社側では、2002年の牛肉産地偽装問題の責任をとる形で専務に退いた大社啓二元オーナーや、当初は前沢案に反対だった川村浩二現代表取締役専務。また北広島市側にも1988年夏、公立の進学校・札幌開成の四番として甲子園に出場し、〈ミラクル開成〉と道内を賑わせた川村裕樹企画財政部長やその後輩の杉原史惟氏がおり、それぞれの野球愛や温度があるのが面白い。
「高山さんと球場で会って、実はこういう人がいてさと、前沢さんの噂を聞いたのが、2020年だと思います。僕はこの手の取材方法をよくとるんですが、例えば前沢さん達と実際の喫煙室や会議室や空港まで行って、その日の行動や会話を再現してもらうんです。その方が記憶も蘇りやすいですし、特に今回は自分が見てもいない場面を、時間を遡って再現するしかなかったので。
要するに僕はシーンが書きたいんです。証言構成型と場面構成型のノンフィクションがあるとすれば僕は後者が好みで、自分が読みたいものを書くとこうなる。映画や漫画もシーンの連続ですし、本当に重要な場面って1つか2つじゃないですか。その核となる場面をいかにチョイスし、再構成するか考えた上で、理想は全部をシーンで繋ぎたい。その方がより引き込まれると思うんです。完全に好みの問題ですが」
そんな手に汗握る山場が、建設地決定を巡る終章「運命の日」なのだが、彼らは札幌との競合の末になぜ人口6万にも満たない北広島市を選んだのか。各々の土地柄や個人史にまで目を凝らす過程のドラマも必見だ。