大志の大地でこそ実現できた構想
2010年9月に〈二人だけで作りたいプランがある〉と三谷に声をかけ、数か月かけて企画書を練り上げた前沢は、2005年に日ハム入りしたスポーツマーケティングのプロ。2006年の日本一以来、チーム成績は常に上位にある一方、サッカーと共用ゆえの芝の硬さや薄さ、高い使用料は方々で問題視されており、前沢は観客数が減りつつある今こそ原点に立ち返るべきだと、極秘で作業を続けてきた。
だがその計画を社長らは一蹴。前沢は危機感を共有できないまま球団を去った。そして横浜DeNAの取締役や侍ジャパンの事業戦略担当を経て再び夢の実現に挑むのだが、著者はそんな彼の原動力を鍵っ子時代の〈欠落感〉に求め、年俸制で球団を渡り歩く高級外車の主の〈心の空白〉に迫る。
「前沢さんは北広島市だと広島と混同するから市名を変えられないかとか、そういうことを本当に言っちゃう人で、歯に衣着せない分、喧嘩別れも多いんです。ただ長く続いた人とは抱き合って別れるような方で、温和な三谷さんとの相性も出来過ぎだと思うくらい。北広島市の川村さんがあの川崎憲次郎と甲子園で闘ったのも取材で初めて知ったし、巡り合わせ、ですかね」
確かに建設地は北広島に決まった。が、用地探しや住民説得に自ら奔走したはずの川村が、〈もし選ばれなかったとしても、前沢たちの思い描くボールパークが一〇〇パーセント実現できれば、それでいいのではないか〉と思い始めるなど、事は〈何をやるかではなく、誰とやるか〉、そして各々の内側に〈フロンティア〉を持つか否かの問題だった。
「特に今は必要なものとか効率的なものを作りたがるじゃないですか。でも前沢さん達は必ずしも必要とされず、目に見えないものを作ろうとした。そんな大人がいるんだってことに僕自身驚き、反省した部分もある。
それこそ『フィールド・オブ・ドリームス』のような根源的欲求や挑戦心を持つ人を受け入れる土壌がファイターズにはあって、特に北海道にきてからは日本のプロ野球界全体の仕組みに挑んできた印象がある。ボールパーク構想の実現もこの大志の大地でこそ可能だったのかもしれません」
〈心にフロンティアはありますか?〉と帯にあるように、本書は働く人全てに向けた〈実務者たちの熱〉の物語であり、孤独を養い、かつ誰かと何かを成し得る主人公を、この作家はつくづく見つけるのがうまい。
【プロフィール】
鈴木忠平(すずき・ただひら)/1977年千葉県生まれ。名古屋外国語大学卒。日刊スポーツ入社後、中日や阪神の担当を16年務め、2016年退社。『Number』編集部を経て2019年よりフリー。2021年刊行の『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』はミズノスポーツライター賞最優秀賞、大宅壮一ノンフィクション賞、講談社 本田靖春ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞の4冠に輝く。著書は他に『虚空の人 清原和博を巡る旅』等。自身は元サッカー少年。178cm、75kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2023年5月5・12日号