病院を視察し、血中酸素飽和度を測る「パルスオキシメーター」を装着する河野太郎規制改革担当相(当時)。2021年9月(時事通信フォト)
しかし無償譲渡を受け入れる側にしても「いらない」という意見もある。神奈川県の高齢者施設職員の話。
「うちの場合、パルスオキシメーターはすでに足りてます。不特定多数の、誰がどうして使ったかわからないパルスオキシメーターを大量に貰っても、という意見もあります。家庭用はいらない、という医療機関もあるでしょう。また施設の利用者の中には『コロナ患者が使ったやつじゃないだろうな』という高齢者もいます。もちろんそんなことで伝染るとかありませんが、人の気持ちの問題ですからね」
返す、返さないも「人の気持ちの問題」ということだろうか。半ば諦め気味の「パルスオキシメーター返却」、実のところ、2021年の8月ごろまではメリカリやPayPayフリマなどでパルスオキシメーター(家庭用)が売買されていた。2020年のコロナ禍などは盛んに取り引され、不足した時期によっては高額取引されたこともあった。その中には自治体から貸与されたのでは、というパルスオキシメーターも含まれていたとされるが、それが本当に貸与品かどうかはわからない。おおよそ1個5000円とされる貸与品のパルスオキシメーター、高いか安いかの感じ方は人それぞれだが30万個ともなれば安くない。まして税金だ。
「壊れた、ということにしました」
都内で一人暮らしの会社員だが、こう話す人もいた。返却を求められてもこう報告すればいいだけなので「無くした」よりは即許となる「壊れた」のほうが都合がいいのかもしれない。道義上はともかく、壊れた現物を証拠として返す必要もないのだから。
また、きちんと返却したという40代の会社員も疑問を呈する。
「私は返送用封筒で返しましたが罰則はもちろん、預り金とかもありませんから返さない人は返さないでしょう。多くの人が返さなければ返さなくて済む、でしょうか」
沖縄県では2022年7月の段階で返却率27%だった。現在でも40%以上が返却されていない。2022年当時は沖縄県の所有数が危機的な状況になったりもしたが、それでも多くは返却しなかったということになる。この場合、たとえば刑事における横領罪とするなら「返す気がない」の立証が難しいように思う。失くしたなら尚更だ。ならば民事となるが、まさに「多くの人が返さなければ返さなくて済む」で5000円のパルスオキシメーターを弁償させるために30万世帯を訴えることは現実的でないように思う。法的な解釈はそれぞれなので置くが、全国の自治体も「お願い」止まりの及び腰になるわけだ。
コロナ禍の混乱と対峙し、パルスオキシメーターの確保に奔走した自治体や真面目に返却した方々、そしてこれらが税金で賄われていることを考えれば災難な話だが、こうした性善説の難しさもまた、コロナ禍に露呈した現実、ということだろうか。
せっかくお世話になったはずのパルスオキシメーター、もし返却できるなら、返却してあげて欲しい。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。