で、2回目はこれまた私の人生の大転換期でね。私がよかれと思ってしたことが両親の逆鱗に触れたの。そのとき、神楽坂の事務所と中野のアパートを畳んで居をかまえたのが神宮前三丁目。青山のど真ん中よ。「そうたワケがわがんねぇどご、行げねがら」と義父が言い出したから万事休す。

 が、前は働かない男というお荷物があったけれど、今度は身ひとつ。どうにでもなるかと思って近所の米屋に行ったら、店先にやけに安い茶色の小袋に入った米が並んでいるではないの。「これは?」と聞くと「標準価格米」だって。てことは、上等ではなくても下等でもないと思って買ったけど、いやいやいや、ぬか臭いとかそういうレベルじゃないの。何かの間違いじゃないかと思ってすぐに米屋に聞きに行ったわよ。「炊き込みご飯にしてもあのニオイが消えるとは思えないんだけど、どうしたらいいの?」って。米不足でタイ米を上手に炊く方法が巷の話題になっていたから、米屋なら古米、古古米でもその利用法を知っていると思ったのよ。

 なのに、「そうだねぇ。明治神宮の鳩にやったら喜ぶんじゃない?」だとさ。そんな米、売るなと言いそうになったけど、そこに引っ越してきてすぐ、朝、近所のカフェに入ったらコーヒーとトーストで1000円! “青山価格”にやられたばかりだったので黙って引き下がったわよ。あのときほど故郷の米が恋しかったことはなかったよね。

 というように、新米の季節になると、米にまつわるいろんなことを思い出すんだけどね。

 困るのが「ヒロコ、米はあんのが?」という義父の声よ。義父と私には血縁関係がない。思春期まで血で血を洗うような争いがあったのに、いま帳消しになっているのは、間違いなくこのひと言のせいだ。米、おそるべし。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2023年10月12・19日号

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