なんでこのフライパンを使ってんだよ
ヤクザの世界では薬莢を”豆”と呼ぶ。しばらく使わないと湿気により不発になる可能性が高いため、使う前にはフライパンで炒って乾燥させなければならないのだ。つまり”豆を炒る”は、薬莢を炒ることだ。
「何やってんの!」、それを見た姐さんは仰天し、大声を上げた。すぐさまコンロの火を止める。組員からフライパンを取り上げようとする姐さんと、渡すまいと必死にフライパンを守る組員。しばし台所では、フライパンを巡る攻防が続いた。姐さんも薬莢は乾燥させなければならないということ聞いては知っていたが、まさか自分の家の台所で、それもいつも料理を作るフライパンを使って、若い衆が薬莢を炒っているなど想像していなかったのだ。
「だって実弾だよ。どこでやってんのよ。なんでこのフライパンを使ってんだよ。炒ってて爆発でもしたら、どうすんだよって怒ったんだ」という姐さん。「そもそもこんなの、どこにあったんだよ」と怒鳴りつけると、組員は「組長に豆を炒っておけと言いつけられたので」とペコペコと頭を下げ、フライパンを姐さんに返したという。
帰宅した組長に姉さんが問いただすと、炒れと言ったのは本物の豆、落花生のことだった。「その時は頭がカッカしていたので気が付かなかったんだけど、冷静になって考えると、組長が家族の住む自宅で豆を炒れなんて言うわけがないからね。組事務所がどこかにあるのかもしれないけれど、拳銃なんてこの家で見たことないし。周りでは抗争やら分裂やら騒いでいる組もあったから、若いのが勘違いしたんだよね」と姐さんは話した。勘違いした組員はその夜、組長にがっつり怒られた。
翌日には、台所で楽しそうに落花生を炒っていたという。「薬莢を炒れなんて言われたものだから、自分もこれを持って鉄砲玉にならないといけないのかと不安と心配と緊張でいっぱいだったらしくて。違うとわかって、ほっとしたらしいよ」と姐さんは笑った。今でも落花生を見ると、その時のことを思い出すという。