たとえば軍事同盟を結ぶこと、あるいは自前の軍事力を持つことは抑止力であり、外国の侵略を防ぐ効果がある。これが人類の常識であり歴史の法則だ。ウクライナの現状を見れば中学生でも理解できることだ。ウクライナ軍がいなければウクライナはロシアの侵略に対抗することはできなかった。では、なぜロシアがそれでも侵略したかと言えば、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)という軍事同盟に入っていなかったからだ。

 NATOに加盟している国家を侵略すれば、ヨーロッパの主要国家だけで無くアメリカとも戦うことになる。いくらプーチンが自信家でも、それは不可能だ。日米安保条約でも同じことだが、そうした軍事同盟は戦争を抑止し結果的に平和を保つことにつながるのである。その効用を教えず、ただただ「戦争に巻き込まれる」とだけ強調し、あまつさえ「自衛隊は人殺し集団」などと主張することは、教育では無く洗脳なのである。

 若い人はひょっとしたら「自衛隊は人殺し集団」などという言い方は極端だと思うかもしれないが、日教組はかつてこういう言葉を使って青少年を「教育」していたのである。いまでこそそんなことは無かったように口を拭っているが。

 じつは、いままで述べたことは青島要塞攻略戦とはなんの関係も無いこと、では無い。おそらく多くの読者は、この戦いの内容について詳しく知らなかったと思う。実際は「桶狭間の合戦」や「旅順要塞攻防戦」のように日本戦史のなかでも賞賛されるべき戦いであったのは、すでに述べたとおりだ。

 しかし、実際には日本人は乃木希典の名は知っていても神尾光臣の名は知らない。彼の戦略は日本には好意的で無かったアメリカは別として世界の賞賛を浴びたし、その後の日本軍も見習うべき模範的なものだった。しかし実際にはそうならず、神尾の名も忘れ去られた。だからこそ現在でもこの青島要塞攻略戦は大きく取り上げられない。なぜそうなのか、きわめて不思議な話ではないか。これは日本軍が、とくに陸軍が飯盒炊爨にこだわり兵站部門を蔑視したのと同じく大きな謎なのである。

 その謎について私の解答を言えば、「神尾のやり方では兵も将校も軍神になれない」からだろう。神尾戦略のもっとも優れた点はなにかと言えば、「人的犠牲」つまり「戦死者を極力少なくした」ということだ。ただそのためには時間をかけて青島要塞を包囲する必要があったので、大雨の影響もあり総攻撃はかなり遅れた。それに対して「悠長だ」などという批判がこれ以降徐々に出てくる。

 この批判の意味がおわかりだろうか? それを理解するには、その逆を考えてみればわかる。「悠長では無い攻め方」である。それは旅順要塞攻防戦において乃木希典大将が採用した強襲戦法ということになる。だがあのときは、バルチック艦隊が旅順艦隊と合流しないように一刻も早く旅順を落とす必要があった。だから強襲戦法を採らざるを得なかったのである。戦略的前提がまったく違う。

 乃木希典が青島攻略戦の総司令官だったら、やはり神尾光臣と同じ作戦を採ったに違いない。しかし、結果としては強襲戦法を採らざるを得ず、旅順要塞攻防戦では多くの戦死者が出た。その死者の魂は「死して護国の鬼」となり、乃木大将命名の「爾霊山」(『逆説の日本史 第25巻 明治風雲編』参照)や靖国神社に祀られた。「軍人は戦闘で戦死しなければ軍神になれない」のである。

「戦闘」とわざわざ断ったのは「兵站の途中で敵の攻撃を受けて死亡」というのとは違う、ということだ。もちろんこうした場合でも靖国神社には合祀されるはずだが、陸軍の考え方ではこれは「本物の軍神」では無い。「武士道」と同じく「大元帥陛下の臣の道」は「(戦闘で)死ぬことと見つけたり」であり、「戦闘では絶対に死ねない」輜重輸卒(兵站担当者)は真の軍人では無いからだ。

 青島攻略戦は作戦がうまくいったからこそ、戦死者が少なく結果的に日露戦争における広瀬武夫のような軍神を出さずに済んだ。だが皮肉というか恐ろしいことにと言うべきか、それがゆえに神尾中将への評価は低かったのである。もちろん国民の評価も同じで、広瀬のような軍神が出た戦争は高く評価するが、有名な軍神の出なかった戦争は評価しないということにもなる。

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