劣勢の展開でも、ON(王、長嶋)に回せばなんとかなる──ベンチにはそんな空気があり、実際、主砲2人の活躍で試合をひっくり返していった。V9期間中は長嶋氏と王氏の2人で、リーグの主要打撃タイトルをほぼ独占。そんな王氏との関係について、長嶋氏はこう語っていた。
「ワンちゃんもボクも、お互いをライバルと思ってはいなかった。全く意識しなかったと言えばウソになるけど、ライバルというより一緒にやる仲間で、盟友だった。
3番と4番に違うタイプが並んでいたのも、あの頃のジャイアンツの強さだったと思う。ワンちゃんは飛ばす力のある本物のホームランバッターで、ボクは野手の間に打球を飛ばす技術があった。左中間や右中間に飛ばして、二塁打、三塁打にする。チームに貢献する役割が若干違っていて、その意味でも最高のコンビだったと思います」
取材時に、「あの頃は、とにかく練習をした」と強調する長嶋氏の姿も強く印象に残った。
「ボクは天才肌でもなんでもない。夜中の1時でも、2時でもバットを振りました。バットを横に置いて寝ていたからね。
とにかく夢中だった。試合前の打撃練習に熱が入りすぎて、ボール80個入りのカゴを3つ打った後に試合のことを忘れ、シャワールームからパンツ1枚でベンチに戻ってしまったこともありました(笑)。遠征先では宿舎で、東京ではナイター後にすぐに帰宅して、納得いくまでバットを振った。練習は人様に見せるものじゃないという考えだったね」
周囲からは“才能の塊”のように見えた長嶋氏が、人知れず努力を重ねていたのである。
また、興味深かったのは、「ボクは走攻守では『守備』が一番楽しいというか、好きだった」と明言していたことだ。
「守備のほうが、自分で考えたり工夫したりしたことを動きとして表現しやすい。つまりファンに喜んでもらうプレーができるんです。
相手のこともいろいろ考えて守っていた。バッテリーのサインで球種を確認して、そこにバッターの情報をブレンドして打球の方向を予測する。牧野(茂)コーチが“長嶋、もっと右を守れ”とか、試合中に怒るんですよ。でも、試合が始まったら勝負ですからね。自分のカンを信じていた」
ゴロを捕ってファーストに送球した後、右手を“ヒラヒラ”させるのは、「五代目・尾上菊五郎の舞台を見てヒントにしたもの」と笑いながら振り返っていた。