ライフ

戸谷洋志氏、著書『親ガチャの哲学』を語る「自分と向き合うには価値観を言語化する機会や声が届いているという確信が必要」

戸谷洋志氏が新作について語る

戸谷洋志氏が新作について語る

 2010年代半ば頃から主にネット上で語られ始め、育った環境が人生に及ぼす影響力の絶対性をカプセルトイの当たり外れに譬えた、〈「親ガチャ」という流行語〉。そのあえて軽さを装った響きや一部の人々の反発に触れた時、関西外国語大学准教授・戸谷洋志氏(35)はある既視感を覚えたという。

「それこそ近代哲学以降、人間は自由意志を持ちうるか、それとも全ての行為はある種の決定論に運命づけられているのかというのは、何度も繰り返し議論されてきた、古い話なんですね。

親ガチャもその現代的な現われの1つだとすれば、単に感情的に擁護するのも、言葉狩りみたいに叩くのも、どっちもおかしいですし、もっと概念レベルで冷静に考えてみたいと思ったのが、この本を書いた動機です」

 本書『親ガチャの哲学』の中で戸谷氏は〈現代社会は親ガチャ的厭世観に覆われている〉と前提した上で、むやみな〈自己責任論〉を回避しつつ、〈運の不平等による分断を乗り越える社会のあり方〉を、哲学の力を使って模索しようとする。なるほど哲学とは人間を深く知り、よりよく生きるための補助線だったはずで、親ガチャなる古くて新しい問題も、当然その1つだ。

 哲学の世界に進んだのは、「高校生の時に『鋼の錬金術師』を読んだから」だとか。

「そこから哲学に普通は行きませんけどね(笑)。あの漫画は死者を蘇らせたり、人と動物を交配する是非も描いていて、そうした生命倫理の問題について、もう少し考えたかったんです」

 現在はドイツ出身の哲学者ハンス・ヨナスを中心に「技術と責任概念の関係」を研究する著者自身、本書にあるような厭世観を学生から日々感じるという。

「それはもう、切実に。もちろん親ガチャという言葉が強烈なのは事実だし、親世代が反発する気持ちもわかる。ただその一方には深刻な貧困や虐待に曝され、そうでも言わないと生きていけない人達も確実にいる。その苦しみの実態に迫るためにも、まずはこの概念が内包する意味合いを慎重に解きほぐすことが大事だと思って、私の場合は哲学を応用したということです」

 本書には親ガチャに関する著名人の発言も紹介され、それらがいかに雑駁か、逐一論破していくのも見物だ。

「別に私は彼ら個人を批判したかったわけではなく、親ガチャ批判が簡単に自己責任論に陥る典型として、挙げただけなんです。つまり人は努力で環境を変えられるという励ましが、今が最悪なのも全部お前のせいだというメッセージに簡単に反転し、本来知的で自己責任論者じゃない方が思いもよらぬ陣営に与してしまったりもする。だから一般論から概念に一度立ち戻ることが大事なんです」

 それこそ責任を研究する著者は、人生が成育環境に強く条件づけられ、それを克服できる人とそうでない人がいるのも「ある程度、事実」としながら、自己達成感の喪失が責任まで無効化することを最も危惧する。それでも自暴自棄に陥らず、〈出生の偶然性と責任〉を両立させられる方法を全6章にわたって段階的に考え、そのキーワードは〈もっと細やかに、もっと深く〉だ。

関連記事

トピックス

全国でクマによる被害が相次いでいる(AFLO/時事通信フォト)
「“穴持たず”を見つけたら、ためらわずに撃て」猟師の間で言われている「冬眠しない熊」との対峙方法《戦前の日本で発生した恐怖のヒグマ事件》
NEWSポストセブン
韓国のガールズグループ「AFTERSCHOOL」の元メンバーで女優のNANA(Instagramより)
《ほっそりボディに浮き出た「腹筋」に再注目》韓国アイドル・NANA、自宅に侵入した強盗犯の男を“返り討ち”に…男が病院に搬送  
NEWSポストセブン
ラオスに到着された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月17日、撮影/横田紋子)
《初の外国公式訪問》愛子さま、母・雅子さまの“定番”デザインでラオスに到着 ペールブルーのセットアップに白の縁取りでメリハリのある上品な装い
NEWSポストセブン
ドジャース入団時、真美子さんのために“結んだ特別な契約”
《スイートルームで愛娘と…》なぜ真美子さんは夫人会メンバーと一緒に観戦しないの? 大谷翔平がドジャース入団時に結んでいた“特別な契約”
NEWSポストセブン
山上徹也被告の公判に妹が出廷
「お兄ちゃんが守ってやる」山上徹也被告が“信頼する妹”に送っていたメールの内容…兄妹間で共有していた“家庭への怒り”【妹は今日出廷】
NEWSポストセブン
靖国神社の春と秋の例大祭、8月15日の終戦の日にはほぼ欠かさず参拝してきた高市早苗・首相(時事通信フォト)
高市早苗・首相「靖国神社電撃参拝プラン」が浮上、“Xデー”は安倍元首相が12年前の在任中に参拝した12月26日か 外交的にも政治日程上も制約が少なくなるタイミング
週刊ポスト
相撲協会の公式カレンダー
《大相撲「番付崩壊時代のカレンダー」はつらいよ》2025年は1月に引退の照ノ富士が4月まで連続登場の“困った事態”に 来年は大の里・豊昇龍の2横綱体制で安泰か 表紙や売り場の置き位置にも変化が
NEWSポストセブン
三重県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年11月8日、撮影/JMPA)
《季節感あふれるアレンジ術》雅子さまの“秋の装い”、トレンドと歴史が組み合わさったブラウンコーデがすごい理由「スカーフ1枚で見違えるスタイル」【専門家が解説】
NEWSポストセブン
俳優の仲代達矢さん
【追悼】仲代達矢さんが明かしていた“最大のライバル”の存在 「人の10倍努力」して演劇に人生を捧げた名優の肉声
週刊ポスト
10月16日午前、40代の女性歌手が何者かに襲われた。”黒づくめ”の格好をした犯人は現在も逃走を続けている
《ポスターに謎の“バツ印”》「『キャー』と悲鳴が…」「現場にドバッと血のあと」ライブハウス開店待ちの女性シンガーを “黒づくめの男”が襲撃 状況証拠が示唆する犯行の計画性
NEWSポストセブン
全国でクマによる被害が相次いでいる(右の写真はサンプルです)
「熊に喰い尽くされ、骨がむき出しに」「大声をあげても襲ってくる」ベテラン猟師をも襲うクマの“驚くべき高知能”《昭和・平成“人食い熊”事件から学ぶクマ対策》
NEWSポストセブン
オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト