調理場に立つハオさん。自身の食事を用意していた

調理場に立つハオさん。自身の食事を用意していた

「日本の銀行に借金を申し込みましたが通らなかった。家を担保にしたベトナムの銀行への返済があるので、親族たち10人以上からお金を借りました。信用も失った。旅館再開にはまだお金が必要で、これ以上借りられる人はいないけど探さないといけない。本当はそんなことしたくないけど、やるしかない」

 そう語るハオさんの顔は曇り、途方に暮れていた。保証金4000万円のために3000万円を借り入れ、本来であれば残り1000万円が用意できれば差し押さえは実現できたはずだ。しかし、温泉旅館の経営という未知の分野に足を踏み入れてしまい、借金だけが膨れ上がるという本末転倒の事態に陥ってしまった。「見通しがあまい」と言ってしまえばそれまでだが、そう単純に解釈できないほど遺族感情は複雑なのだ。

 私はハオさんと知り合ってから間もなく6年になるが、ここ最近は特にその「破滅ぶり」が露呈していた。やり場のない怒りを抱え、複雑な司法制度と言葉の壁に阻まれ、周囲になかなか理解されず、異国の地で孤独に闘い続ける日々。そこには愛娘を失った悲しみだけでは語れない、むき出しになった遺族の素顔が垣間見えた。

遺族に支払われる賠償額は13.3%

「このまま旅館がオープンできないんだったら、倒産しかないかな……。もう疲れました。事件がなければこうはなっていなかった」

 事件が起きなければ、賠償金が適正に支払われていれば。ハオさんの口からはつい「たられば」の言葉が漏れる。

 実はハオさんが置かれた状況は、日本で事件の被害に遭った遺族に共通している。

 事件の被害者遺族の中には、ハオさんのように刑事裁判と並行し、犯人に損害賠償を請求する民事裁判を起こす人が少なくない。彼らが求めているのはお金ではなく、犯人からの誠意や謝罪、あるいは償いだ。しかし賠償判決を勝ち取っても、犯人から「支払い能力がない」と言われてしまえば、裁判所は支払いに応じるような働きかけはしない。その規定がないためだ。原告は判決の強制執行を申し立てることも可能だが、結局は被告に財産がなければ回収できない。

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