遺言に従い密葬で執り行われた中尾さんの葬儀(写真は金原亭出之介のブログより/現在は削除済み)
「おれには子供がいない」
プレーボーイぶりを発揮していた中尾さんだったが、息子への愛情は揺るがなかった。別居中に応じた『週刊女性』(1975年12月23日号)のインタビューで、一人息子への思いをこう明かしていた。
《X(※誌面では息子の実名)のことを考えると、眠れない夜もあるんです……。そんなときは、酒を飲んで自分の気をまぎらすんです。ドラマの最中にも、ふと、子役の子どもとXの顔がダブるときがある。そんなとき、声も出なくなるんです。(中略)妻とは別れても、Xはボクの子どもなんですよ》
だが、そのインタビューから3年後、池波と再婚した中尾さんに「父の顔」は見られなくなった。
「中尾さんは、息子さんについて口を開くことがなくなりました。そればかりか、メディアや周囲に“おれには子供がいない”と話すようになったんです。もちろん、それは“志乃さんとの間に”という意味でしょうし、志乃さんの気持ちを汲んだ言葉だったのもわかっていました。ですが、どこかで子供の存在を忘れるために言っているんじゃないかと思うこともありました。
それでも中尾さんは息子さんのことをずっと気にかけていたようです。20年以上前になりますが、息子さんが結婚した前後に、中尾さんから“会いたい”と連絡したことがあったんです。でもその願いが叶うことはなかった。元妻との離婚後、中尾さんが息子さんと顔を合わせることは一度もありませんでした」(前出・中尾さんの知人)
「子供がいない」の真意は中尾さんにしかわからないが、離れて暮らす幼い息子にはつらい言葉として残ったのかもしれない。