中尾彬一覧

【中尾彬】に関するニュースを集めたページです。

深く役に入り込むことも(撮影/内海裕之)
中尾彬が語る「やくざを演じるということ」 撮影中は普段の口調も変わる
 いつの時代も見るものを高ぶらせる“やくざ映画”──。それはやくざを演じる俳優にとっても特別な存在だ。坂松組の四代目跡目争いが描かれた『極道の妻たち 危険な賭け』(1996年公開)では、幹部の洲崎香矢(岩下志麻)が支持する佐渡ではなく海原を後押しする市元裕兵を演じた中尾彬。登場する度に綿棒で耳をほじる仕草も話題になった。そんな中尾に、「やくざを演じるということ」について聞いた。 * * * 昔のやくざ映画では、エキストラに“本物”が入っていました。撮影前、我々は4時間ぐらいかけて背中に刺青を描いてもらいますが、終わって風呂場で流していると、落ちない人がたくさんいた(笑)。ある時なんか、指名手配犯が映り込んでいて騒ぎになったこともありました。 デビュー間もない頃から日活でチンピラ役を演じました。私の地元・木更津にはやくざが多かったから、彼らの歩き方や背中の丸まり具合を参考にしました。 ただ、関西弁のマスターには手こずりました。イントネーションが大阪と京都、神戸で異なる。ここぞとばかりに方言指導の人が「違いまっせ」とダメ出ししてきたけど、関東の人間にはわかりゃしないよ(笑)。 岩下志麻ちゃんの『極道の妻たち』にも何回か出ましたけど、男のやくざ役はみんな同じように見えるでしょ。だから、『危険な賭け』(1996年)ではいつも綿棒で耳をほじくって変化をつけました。 撮影中は普段の口調まで変わるし、雰囲気も違うのかもしれません。『極妻』の時も、撮影所近くの喫茶店で5、6人で話してると誰も近寄ってこなかった(笑)。一度、刺青を落とさずに自宅に帰ったら、(妻の池波)志乃が「顔付きが違う」と。気分が盛り上がるなんて生易しいものじゃなくて、「後ろから刺されてもいい」というような覚悟が生まれるんですよ。 東映のやくざ映画は“様式美”ですね。時代劇のように決まったパターンがあって、それがウケたのだと思います。タイプが違ったのは東宝の『ミンボーの女』(1992年)。撮影に入る前、伊丹十三監督から「東映とまったく違います」とだけ言われました。カメラのアップも多かったし、衣装も派手でネクタイ100本並べて1本選ぶほど色彩にもこだわっていた。とても面白い監督でした。【プロフィール】中尾彬(なかお・あきら)/1942年8月11日生まれ、千葉県出身。武蔵野美術大学油絵科に入学した1961年、日活第5期ニューフェイスに合格。パリ留学を経て、1964年に映画『月曜日のユカ』でデビュー。1983年、フランスの絵画展『ル・サロン』でグランプリ受賞。※週刊ポスト2021年10月15・22日号
2021.10.06 19:00
週刊ポスト
池波志乃が夫婦で取り組む終活 アトリエ、別荘を手放し遺言書も準備
池波志乃が夫婦で取り組む終活 アトリエ、別荘を手放し遺言書も準備
 人生の最後を締めくくり、次の世代にスムーズにバトンを渡すための終活。その際に大切なのは、住まいも含めた不要なモノの整理だ。それは著名人であっても同様だ。池波志乃(66才)、中尾彬(78才)夫妻は、結婚3年目に建てた千葉・木更津にあるアトリエを5年前に手放したという。【表】遺族の負担を軽減するために… 医療やお金のことなど、終活で書き残しておきたい7つのこと「処分する際、アパート経営をすすめてくる業者もいましたが、中尾がきっぱりとお断りしました。終活なのに面倒が増えるのは嫌だからって」(池波・以下同) 夫妻は15年ほど前に続けて大病を患い、「いろいろと持ちすぎた生活を整理しよう」と終活を意識するようになった。そこで、最初に手をつけたのが木更津のアトリエだった。「イタリア産の素材を使い、こだわって建てたアトリエでした。しかし、東京で仕事もあり、中尾も大きなキャンバスで絵を描くことがなくなったため最近は訪れることもなく、荷物置き場のようになっていました。 老朽化も目立ち、最初は修理して維持しようと思ったのですが、私たち夫婦もどちらかが体が動かなくなったり、認知症になるかもしれません。この先はどんどん衰えていくことを認めたうえで、老後を快適に過ごすための新しい出発をしたい。そう中尾と話し合った末に、アトリエを手放すことにしたのです。それが私たちの終活の始まりでした」 思い出のアトリエは、解体して更地にして売却。さらに、別荘として16年間利用していた沖縄のマンションも手放した。自宅の食器や洋服、中尾のトレードマークである“ねじねじ”ストールなども次々と手放し、東京・谷中に墓を建て、ふたりで遺言書を書いた。 コロナ禍も相まって、必要な道具まで「うっかり捨てすぎた」と笑う池波だが、後悔はひとつもないという。 前向きな終活で失敗しないコツは「よこしまな気持ちを持たないこと」と語る。「たとえば木更津のアトリエは、更地にするための費用と、土地の売却代がほとんど同じでした。そこでよこしまな気持ちを出して、『もう少し高く売れるはずだ』と売り惜しみをすると、せっかく抱いた『整理しよう』という気持ちがざわつきます。 大切なのは、売ることや得することに執着せず、楽しい思い出に感謝する気持ちで終活を進めること。終活は“死に支度”ではなく、自分たちが衰えたとき煩わしいことに振り回されず、よりよい生活を送るための作業です。なかには悪徳な業者もいますから、欲を張るほどトラブルに巻き込まれ、すっきりした老後を送れなくなります」 終活は、手つかずはもちろん、やりすぎてもいけない。残される人たち、自分たちの老後にとって「優しい終活」を実践するには、ほどほどのさじ加減が重要だ。※女性セブン2021年7月15日号
2021.07.11 07:00
マネーポストWEB
池波志乃 毎日の「お品書き」と“ながらエクササイズ”で体型維持
池波志乃 毎日の「お品書き」と“ながらエクササイズ”で体型維持
 ほそおもてに凜とした着物姿。歯切れのいい語り口。“粋”という形容がぴったりくる池波志乃(66才)は、「いくつになっても変わらない女性」の筆頭だ。聞けば、食道楽の夫・中尾彬(78才)のために、いまでも毎日ごちそうを作り、一緒に晩酌も楽しんでいるという。なのにスリムな体形を維持しているのはどうしてか?「でもね、元来は太りやすい体質なんですよ。若い頃は褒め言葉で『グラマラス』なんていわれたけれど、だらしなくしていたら、いますぐにも太ると思います」(池波・以下同) 役作りでやせたり太ったりを繰り返していたが、20年ほど前に一度、過酷なダイエットに挑戦したという。「中年太りをする前にやせておこうと思ったんですね。徹底して油抜きや糖質抜きを行って20kgぐらい体重を落としました。見た目はかなり細くなりましたが、鉄欠乏性貧血で倒れてしまったんです。栄養不足で、肌も弾力がなくなって……。そのとき、健康的にやせないとダメだと、実感しました。中年以降の極端なダイエットは、骨粗しょう症やしわになるなど、必ず後で支障がくるんですよね」 当時は仕事を辞め、時間に余裕ができた時期でもあり、栄養士の資格試験の教材を購入し、独学で食の勉強を始めた。そのときに出合った『食品成分表』(女子栄養大学出版部)は、改訂のたびに買い替え、いまも必携している。「資格を取るつもりはまったくなくて、食材の栄養価を覚えたかったんです。それで、『食品成分表』を見ているうちに、いろいろな食品の、より細かい知識が身についてきたの。そこから、1〜3日単位で栄養バランスの取れた食事のローテーションをざっくりと作って書き出すようになったんです。細かいカロリー計算なんてしませんよ、嫌になっちゃうから」 作る予定の料理を書き留めることは、ダイエットのためにもおすすめだと言う。「塩やしょうゆが多いとか、彩りが悪いとかがわかるんですよ。たとえば『この野菜は炒めようと思ったけれど、揚げ物があるから、おひたしに変更しよう』とか、バランスを調整できるでしょ?」 この献立メモを作るようになったのが、池波お手製の「お品書き」の始まりだ。「あれは、私がバランスの取れた食事をしたいがための策略でもあったんです(笑い)。幸い中尾さんは、少しずつ品数が多いのが好きなタイプだから、こちらにも都合がいいの。中尾さんが決めていると思わせて誘導できるしね(笑い)。あちらも喜んでいるから、家庭円満で一石二鳥ですよ。 お品書きといっても、いつもはいらない紙を小さく切ったものに書いているだけ。終わったら捨てちゃいます。たまに、遊び心で(前ページのような)和紙などに書き付けているんです」油分は控えめでも絶品、山盛りサラダは必需品 基本は1日2食。9時頃に朝昼兼帯の食事を摂り、途中で果物など軽いものを食べて、18時か19時に夕食を摂る。「食事は中尾さんと同じものですが、私は毎日、必ず山盛りのサラダを食べます。通常のドレッシングは油の摂りすぎになるので、味付けは私流で」 基本のサラダは、好みの野菜を入れた大きなボウルに、スライスか、すりおろした玉ねぎを入れて塩少々をふり、好みの酢+ほんの少しのホワイトバルサミコ酢を回しかける。最後に少量のオリーブオイルを回し入れ、両手で全体をふんわりと混ぜたら完成だ。「基本のドレッシングは酢と油の比率が1対2ですが、私の場合はそれが逆なんです。酢が苦手な人は、レモン汁や季節の柑橘果汁を加えるとまろやかになります。手を使って混ぜることで味がきれいになじみ、ワンランク上のサラダになりますよ。玉ねぎは血液サラサラ効果があるので必ず加えます。塩少々で軽くもめば、水にさらさなくても辛みが取れます」 健康のため、酢は数種類を常備している。「特にホワイトバルサミコ酢は、黒いバルサミコ酢のようなクセがなく、とても爽やか。高価なのでたっぷり使うにはもったいないけれど、普通の酢に少〜し加えるだけで、格段においしくなります」 前述のダイエット経験から、メリハリのある体形を維持するために油や糖質も適度に摂るが、甘いものは控えている。「あめ玉ひとつ、クッキーひと口をちょこちょこ食べるのが実は危険。糖質の摂りすぎになりますから。『ご飯は食べていないのに何でやせないんだろう?』という人は、その『ちょっとひと口』が原因かもしれません。私は、基本的に“間食い”はしません。どうしても食べたいときは、かみ応えのある素焼きのナッツを選びます。その際、袋からそのまま食べることはせず、必ず個数を決めて器に移し替えます」 もしもお代わりしたくなったら……?「と、思うでしょ? お代わりが面倒になるよう、袋をきっちり閉じて、取りづらい場所にしまうんです(笑い)」“志乃流”が炸裂する“ながら”エクササイズ ダラダラ食べないという食生活同様、日常動作もメリハリがきいている。「私、家ではほとんど座りません。たとえ座ってテレビを見るときでも、床に足をまっすぐに伸ばし、背筋を伸ばした体勢をキープしています。立つときも、“立てひざ”をしながら、一度お腹に力を入れてすっと立つ。ジムに行かなくたって、これだけでもけっこういい運動ですよ。その間に中尾さんが『お茶!』とか『水!』とか言ってきますが、『この人使いの荒さのおかげで体が動かせる』と、前向きにとらえています」 と、笑う。前屈みの姿勢が多い家事仕事も、彼女の手にかかれば立派なエクササイズに。「たとえばキッチンでは、意識してよい姿勢をとりながら美しく横移動するとか、洗い物もスクワットの状態でしています。大事なお皿を洗うときは危険ですけれど(笑い)。 柔軟体操としては、ひざと背中を曲げず、腰からまっすぐ前屈したまま、床の洗濯物をたたんでいます。床に手がつかない人は、少し低いところにあるものを前屈しながら取ってみるとか、手を伸ばしたままものを拭くのも効果があると思います。回数は決めず、調子のいいときだけやる。いつでもサボれるのが“家事をしながらエクササイズ”のよさですから」 脚力を鍛えるため、遠くのスーパーへもスタスタと歩く。「慣れていないかたにはおすすめしませんが、時々ピンヒールを履いて出かけるようにもしています。いま、こうして電話で話している間も、私、片足で立ってるのよ(笑い)」“どんなときも工夫次第で体は鍛えられる”を、まさに地でいく生活。いますぐマネできることが多そうだ。【プロフィール】池波志乃(いけなみ・しの)/女優、エッセイスト。1955年生まれ。俳優小劇場養成所を経て新国劇に入団。1973年『女ねずみ小僧』(フジテレビ系)でデビュー。中尾彬と「芸能界一のおしどり夫婦」としてバラエティー番組を中心に幅広く活躍中。取材・文/佐藤有栄※女性セブン2021年6月24日号
2021.06.13 07:00
女性セブン
中尾彬、錦野旦
中尾彬はアトリエと別荘を、錦野旦は墓を…著名人が終活で手放すもの
 長年、大事にしていたものを、思い切って捨ててみる──。それを実践している著名人がいる。 俳優の中尾彬(78)は、5年ほど前に千葉にあるアトリエと沖縄のマンションを手放した。「(妻の池波)志乃と同時に大病を患ったことがきっかけで、子供がいないうちの場合は、どちらかが先に死んだら遺産や遺品をどうやって整理するのかということを考えるようになり、終活を始めました。 長年生きていると、身の回りにいろんなものが溜まっている。それに気づかされて、始末することにしたんです。それも大きい物から片付けようと思い、不動産をまず手放しました」 30年間作品作りをしたアトリエは、解体して更地にして売却した。16年間別荘として利用した沖縄のマンションも、周囲から「惜しくないの?」と心配されたが、惜しむ気持ちはなかったという。「男にとって別荘を持つことはステイタスだから、自己満足に浸っちゃうものなんです。でも、私は使いに使って満足させてもらったからね。以前は沖縄に月1回は通って、友達もいっぱいいて、ドンチャン騒ぎもした。 でも体力的に厳しくなってからは行く回数が減っていた。これからはホテルに泊まればいいんだから手放してゆっくり過ごそうとなったら気が楽になりました。別荘も備品を買ったり、管理する煩わしさがありましたからね」 タレントの錦野旦(72)は、夫婦で「墓」を整理した。「亡くなった前の家内が入る錦野家の立派なお墓が成田市(千葉)にあったのですが、閉じました。娘たちは地方に嫁いでいて“遠くてお墓参りができない”と言う。僕の両親も自分たちはその墓に入らず永代供養にすると言う。お墓を持っているという見栄もいらなかったので、お墓を処分して、家から自転車で行ける距離のマンション型のお墓に引っ越しました。家族にお墓を継ぐ人もいないので、これから色々と考える必要がなくなってほっとしました。 うちは夫婦の財布は別々で、僕は銀行の通帳を束のように持っていたけど、妻の勧めで口座を2つにまとめた。夫婦でいろいろと断捨離したことで、今後、自分に何かあっても大丈夫と思えるようになった。やって良かったと思っています」 コメディアンの大村崑(89)は、思い入れのある“資産”を手放した。「僕は若い頃から車が好きで、20代に運転免許証を取得していました。ヨーロッパ旅行でベンツのタクシーのドアを閉める重厚な音に感激して、ベンツを買いました。それも白の左ハンドルで最高級車でした。まだ日本ではベンツがほとんど走っていない時代で、みんな振り返っていましたね。以来、何台ものベンツを乗り換えました。80歳になっても運転には不安はなく、4年ほど前までは散髪に行くのも自分で運転していました」 ところが、仕事が昔のように殺人的なスケジュールではなくなったので、移動にタクシーや電車を使うようになると、心の変化があったと言う。「地下鉄に乗ると、いろんな出会いがあって楽しいんですよ。みんなが声を掛けてくれるし、電車での若者たちの生態も勉強になる。都会に住んでいることもあって、自動車を使わなくても公共交通が便利で生活に不自由がなかった。だから次の車を買わずに、持っていた車を売ってしまいました。 それで1年ほど車がなくてもいい生活をしてみて、次の誕生日の更新のタイミングで免許を返納することにしたんです。運転には自信がありましたが、高齢者の重大事故が増えていて過信はいけないとも思う。思い切って返納しましたが、今はすがすがしい気分ですね」※週刊ポスト2021年4月9日号
2021.04.01 07:00
週刊ポスト
中尾彬が大好きな「ねじねじ」を200本捨てる決心をするまで
中尾彬が大好きな「ねじねじ」を200本捨てる決心をするまで
 老年を迎えて「残される子供たちに迷惑をかけたくない」と、終活を始める人は多い。しかし実際には、残される子供がいるケースはまだマシかもしれない。いろいろ苦労があったとしても、子供たちは後始末をしてくれるだろう。むしろ子供がいない人こそ、自分の人生は自分で最後まで面倒みなければならないから悩みも多い。『週刊ポスト』(3月29日発売号)では、多くの著名人が身軽な老後の過ごし方を提言しているが、そこに登場した俳優の中尾彬氏(78)も夫婦二人の人生だ。同特集では、別荘やアトリエを処分して、妻で女優の池波志乃さん(66)と終活を進めていることを明かしている。そこに至る心境と、ほかにどんな終活を進めているか、改めて聞いた。 * * * 数年前には「終活」という言葉は知らなかったんだよ。もう、そのときにはいろいろやっていたので、人に話したら「それは終活ですよ」と言われて、それで『終活夫婦』という本を出したんです。そしたら、それからやたらと終活という言葉が流行るようになってね。断捨離なんて言い方もするけど、僕の場合はもっと単純に「始末した」という感じですね。 やっぱり長く生きていると身の回りに余分なものが増えて、いろいろ溜まってきたなと気が付いた。みんなそうだと思うんだけど、それをどうしたらいいかわからなかったんでしょうね。僕らが終活を始めたのは夫婦で大病を患ったことがきっかけで、どちらか先に死んでしまったら、残ったものはどうやって整理するんだろうと、そこからですね。 どちらかが言い出したわけではないからやりやすかった。もしカミさんが言い出したのなら、僕は何言ってんだよって怒りかねないし、僕が言い出したら、カミさんは私のものに何言うのよってなってしまう。それがみんな終活をやりづらいところだと思うんですよ。僕らは病気が良くなってから、お墓を作りました。それでホッとしたら、自然と身の回りのものをさばけるな、という感覚になってね。 これを始めるのは、やっぱり健康なときじゃないとダメですね。二人とも健康じゃないと発想や決断力が鈍ります。うちの場合、二人のタイミングが重なったからうまくいったと思います。二人が同じ気持ちでないと、それこそ、俺が記念に買ってきたのに捨てるのかってなるだろうからね(笑)。 アトリエや別荘の備品も処分したけど、なかなか捨てられなかったのが本だね。半分以上は整理したけど、なんてったって3軒分だから相当な数がある。江戸川乱歩の初版本の全集なんてのもあったけど、これはカミさんがインターネットでいい古本屋さんを見つけてくれてね。そういうことがわかってくると、整理しがいもあるんですよ。 もちろん悩む場合も結構あってね。そういうときは1週間くらい目につくところに置いておいて、それで要らないなと思ったら処分する。時間がたって、使わないことに気付けば処分できるんです。私の好きな「ねじねじ」も、カミさんが200本処分しました。彼女は私が好きな色や生地、長さなんかも知っているから、使いそうなものだけ残してくれた。今でも「ねじねじ」は買っていますが、以前のような衝動買いはしない。二晩考えて、やっぱり欲しかったら買うことにしています(笑)。 処分するときは、これまで役割を果たしてくれてご苦労さん、という気持ちを込めています。そうやって様々なものを処分すると、変な表現だけど手足が伸びた感じがします。もったいない、という余計なしがらみもなくなって気が楽です。「もったいない」と「せっかくだから」というのは実は邪魔な気持ちなんです。ものが減ると、そういう気持ちにも囚われずに、のびのびした毎日を送れますよ。
2021.03.28 07:00
NEWSポストセブン
映画『翔んで埼玉』 毀誉褒貶の漫画実写化でもヒットした理由
映画『翔んで埼玉』 毀誉褒貶の漫画実写化でもヒットした理由
 映画『翔んで埼玉』が絶好調だ。このところ、漫画原作の映画化というだけで敬遠されることもあるなか、人気を集めている。漫画の実写映画化が珍しくなくなり、今では逆に「また漫画実写」とうんざりされることも少なくないなか、なぜ『翔んで埼玉』は好意的に受け止められ、成功を収めているのか。一方で、制作陣の熱意が空回ると話の焦点も俳優の魅力も消えた客が迷子になる映画が完成することがあり、漫画実写化はその迷子を発生させやすい。そんな「迷子の映画」探しをライフワークにするライターの北原利亜氏が、映画『翔んで埼玉』の成功について考えた。 * * * 漫画原作の映画化には、どうしても逃れられない宿命がある。当たり前のことだが、漫画と映画は、どうやってもまったく同じビジュアルにはならないからだ。だから漫画を実写化するときは、その違いをなるべく目立たせないように原作原理主義でゆくか、骨格だけ残して作り替えるかの決断を迫られる。映画『翔んで埼玉』は、原理主義と作り替えをうまく組み合わせて成功している。 人気のヒット作品であるほど、作り替えに対しては強い違和感を観る者に与えてしまう。ところが、その点でいえば『翔んで埼玉』は幸運だった。原作が未完だからだ。 1982年~1983年に描かれたこの漫画は未完のまま1986年に単行本収録され、SNSで話題になったことをきっかけに2015年に復刊したときも完結しなかった。そのため、物語を語り終えることに対する歓迎ムードが強いなか、実写映画が公開された。一応の完結作品を目指す実写化では、原作で語られていない部分を追加した物語となっている。 とはいえ、原作に無い部分を追加した映画に対しては、強い拒否反応が起こることもある。それは、元の世界観やキャラクターが、原作の世界観から逸脱したときに限って起きる。ところが『翔んで埼玉』の場合は、美術や衣装、キャスティングや演技などを細かく積み重ねることであり得ないはずの世界の構築に成功したため、受け入れやすくなっている。 原作漫画によれば、主要な登場人物はいずれも目鼻立ちがはっきりとした造形の顔だ。そして、美少年が登場するコマには大量のバラの花が背景に描かれ、墨塗りが多く、全体的にダークでデコラティブな装飾が多い。それにのっとって、主人公の二人、壇ノ浦百美(二階堂ふみ)と麻実麗(GACKT)だけでなく、衣装はどれも細部まで装飾が施されメイクもメリハリ強め、凝ったディテールが積み重ねられている。さらに、主人公二人が出会う白鵬堂学院は宮殿のようで至る所に本物のバラの花が飾られ、百美の自室ベッドは天蓋つきだ。 過剰に飾られた世界の中で、俳優も強い見た目と大きな芝居で存在していた。中尾彬(百美の父)、伊勢谷友介(壇ノ浦家執事)、麿赤兒(麗の父)、竹中直人(神奈川県知事)、京本政樹(埼玉デューク)、加藤諒(埼玉出身Z組生徒)、小沢真珠(千葉解放戦線員)と、スクリーンに登場するだけで目が追ってしまう、個性派俳優たちが何人もキャスティングされている。主人公の同級生たちのメイクや衣装、「口が埼玉になるわ!」という台詞回しも宝塚のようで、ベルサイユ宮殿の中を思わせる世界を形作っていた。 世界観は原作に合わせて調整されているが、そこで活躍する登場人物たちには俳優陣の個性が加えられていた。その結果、原作よりも登場キャラクターの人間性が豊かに表現され、魅力を増している。 たとえば、原作での百美は、麗への愛情ゆえに暴走する側面ばかりが強い。だが映画では、女性である二階堂ふみが少年を演じることで中性的な雰囲気が強くなり、素直に理想と憧れを目指す少年らしさが増していた。また、瓶に閉じ込められた空気が採取された東京の地名を当てる「東京テイスティング」の場面。次々と正解する麗の様子からは、正月テレビ特番『芸能人格付けチェック』で連勝記録を持つGACKTが演じているからこそにじみ出る、超人的な存在感が生かされていた。そして、麿赤兒が白塗りと白装束に六尺ふんどしで登場し、埼玉解放戦線が地下組織として戦っていることに説得力を与えた様子が今でも目に浮かぶ。 安易な実写化だと、原作漫画やアニメの見た目をなぞるだけ、もしくは俳優がいつもの演技をするだけになっていることがある。その結果、画面の中には薄っぺらいキャラクターしか登場せず、観ているうちにひんやりした気持ちになってしまう。せっかく、いま自分がいるのとは異なる世界に没入しにきているのに、とがっかりさせられる。そういう冷たい気持ちになる瞬間が、『翔んで埼玉』鑑賞中にはまったくやってこなかった。 ここまで挙げた実写映画『翔んで埼玉』の魅力だけだと、画面の情報が多すぎて、観ると疲れるのではと思うかもしれない。だが映画では、埼玉の一家(ブラザートム、麻生久美子、島崎遥香)がカーラジオから流れる都市伝説として、百美と麗の物語を聞くという構造をつくり、箸休めの機能を果たしている。こってりした物語に対する胸焼け防止となるとともに、緊張と緩和が繰り返されるため、快適に鑑賞できるのだ。 細部までこだわって構築されている映画『翔んで埼玉』は、観るたびに新しい発見がある。随所にちりばめられたご当地ネタを探したり、群衆にまぎれて参加するゆるキャラを見つける楽しみもある。もちろん、うっかり作られた漫画実写化ではなかった。客が迷子にさせられる映画ではなく、誰が見ても楽しいものとなったようだ。
2019.03.02 07:00
NEWSポストセブン
『パタリロ!』原作者の『翔んで埼玉』実写版のキャスト達
『パタリロ!』原作者の『翔んで埼玉』実写版のキャスト達
 映画『翔んで埼玉』のジャパンプレミアが行われ、W主演の二階堂ふみ、GACKTのほか、出演者が登場した。同作は『パタリロ!』などで知られる漫画家・魔夜峰央氏が『花とゆめ』(白泉社)で1982年から1983年にかけて3回に分けて掲載した作品。 埼玉県民が東京に行くには関所で通行手形を出さなくてはいけなかったり、埼玉県民は都内では自由に行動もできなかったりといった、埼玉県に対する激しい差別がある世界を描く同作品。埼玉の自虐ネタが散りばめられているが、会場には作中の「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」というフレーズにちなみ、人工芝のグリーンカーペットが敷かれていた。 今回のイベントに登場した埼玉出身出演者は益若つばさ、ブラザートム、島崎遥香。他にも主演の2人に加え伊勢谷友介、京本政樹、加藤諒、中尾彬、竹内英樹が登場した。■撮影/矢口和也
2019.02.05 16:00
NEWSポストセブン
ビートたけし 池波志乃の前で志ん生を演じるプレッシャー
ビートたけし 池波志乃の前で志ん生を演じるプレッシャー
 NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』に「落語の神様」古今亭志ん生役で出演するビートたけし。実際に高座に上がり、ナレーション的役割を果たすほか、「自由に笑わせて」なんてカンペが出るため、毎回、若手芸人のようにネタを考えて収録に臨んでいる。新刊『さみしさの研究』も話題のたけしが、テレビじゃ言えない『いだてん』ウラ噺をお届けする。 * * * とはいえ、出演は高座の上だけってワケでもないぜ。志ん生さんの家の中って設定で、ホームドラマもやってるんだ。オイラのカミさん役が池波志乃さんで、娘が小泉今日子。さらに住み込みの弟子2人が、荒川良々と神木隆之介でさ。そこでドタバタ劇が繰り広げられるというね。 なんせ、池波さんは志ん生さんの実の孫だからね。つまりオイラは彼女のお祖父さんを演じるわけだよ。血の繋がってる人の前で演じるのはさすがにプレッシャーもかかってさ。 だからよく聞くんだよ。「オイラで大丈夫ですか?」って。そしたら池波さんは「大丈夫! よく似てますよ」なんて言ってくれてさ。 でもオイラに気を遣ってるんじゃないかって、旦那の中尾彬さんにも聞いたんだよ。オイラの映画『龍三と七人の子分たち』にも出てもらった縁があるからさ。そしたら中尾さんも「本当に似てる」って言うから、ありがたいことだね。 どうも、オイラはちょっとだけ志ん生さんに声が似てるみたいなんだよな。志ん生さんの落語は子供の頃にナマで聴いたことがあるんだけど、もう60年以上も前の話だからさ。似てるかどうかは自分じゃ分からない。だけど今回演じることになって改めて志ん生さんのテープを聴いてみると、やっぱり「うめぇな」って思うよね。(笑福亭)鶴瓶からも志ん生さんのテープをもらったんで、ヒマがあったら練習するようにしてるよ。 芸人はどんなに面白いネタでも、オチを知ってる客を何度も笑わせることはできない。だけど落語家は「どう落とすか」を客に楽しませるから、何度聴いても面白い。あの時代は娯楽が少なくて、みんなテレビやラジオで落語に聴き入っていた。志ん生さんはそんな耳の肥えたファンを満足させてたワケだから、そりゃ腕が違うよね。もう、あんな人は出てこないだろうよ。 あと、池波さんが言うには、志ん生さんはかなりの人見知りだったみたいなんだよ。で、気に喰わないヤツは正月に挨拶に来ても絶対家に上げないんだって。 だけど、好きなヤツとは何時間も酒を飲みながら喋ってる人だったっていうから、そんなところもオイラと似ているのかもね。●取材協力/井上雅義※週刊ポスト2019年1月11日号
2019.01.07 16:00
週刊ポスト
『チコちゃん』岡村隆史起用の理由は「サイズ感!?」等雑学集
『チコちゃん』岡村隆史起用の理由は「サイズ感!?」等雑学集
 目下大人気となっているNHKで放送中の雑学クイズ番組『チコちゃんに叱られる!』。2018年末には、その年を代表するキーワードが選出される『ユーキャン新語・流行語大賞』のトップ10に“永遠の5才”チコちゃんの「ボーっと生きてんじゃねーよ!」というセリフがランクインするなど、まさに大ブームとなっている。 そんな『チコちゃん』に関する様々な噂の真相や、驚愕の事実について、番組プロデューサーの水高満さんに話を訊いた。◆チコちゃんの声・キム兄起用は“型破りな5才”にしたかったから「チコちゃんを“型にはまらない5才”にするには、木村祐一さんくらい“5才の女の子”とイメージが真逆な人がピッタリ。過去に『平成日本のよふけ』(フジテレビ系)で番組内の人形の声を担当されていたこともあり、おもしろくしてくれると確信していました」(水高プロデューサー・以下同)◆岡村隆史のMCは、サイズ感がちょうどよかったから!?「岡村さんは奇跡の40代。チコちゃんと背が同じくらいで、横に並んだ時、チコちゃんを子供扱いするお父さんには見えないんです。友達のようだけど、大人代表としてMCもできるなんて岡村さん以外いません」◆チコちゃんの家族構成はスタッフもわからない!?「木村さんとは前もっておおよその設定をすり合わせていますが、チコちゃんが収録で発言したことは、そのまま公式プロフィールになりますからね(笑い)。チコちゃんの好物があらびきウインナーになったのもアドリブ発言からです。今後、チコちゃんが家族の話をするのか…注目です」◆オープニング曲はリスペクトの証「番組のオープニング曲は1970年代に放送されていた『カリキュラマシーン』(日本テレビ系)のテーマ曲。『カリキュラマシーン』は、大人が楽しんで作っているアバンギャルドな子供番組で、制作スタッフにもファンが多いんです。『チコちゃん~』がレギュラー放送になる時、オリジナル曲を作ろうという話もあったんですが、これ以上合うものがなくて、リスペクトを込めて使っています」◆紅白歌合戦は第1部だけ出演!?「岡村さんと一緒にチコちゃんも紅白の“あるコーナー”に出演。どんなアドリブが飛び出すか、見守ってください。ただし、出演しても、5才なので20時以降は出演を控えるかもしれませんね(笑い)」◆セットは“ちょっとズレてる”昭和レトロ「昭和っぽい雰囲気を意識していますが、銅像が五郎丸ポーズをしていたり、モナ・リザがモヒカン刈りだったり、よ~く見ると“少しズレていて変”なところがたくさん。額縁の肖像画は岡村さんでしょう」◆チコちゃんのメイク時間は3週間!「1回の放送の制作期間は一般的な番組と同じ2か月くらいですが、この番組はチコちゃんの“メイク時間(CG処理)”が一般の女性よりちょっと長めで、2~3週間くらい。NHKアートの技術者が開発した最先端メイクで、世界が驚くほどかわいい女の子に変身しています」◆キョエちゃんの声の主は岡村も知らない!!?「ほんの一部のスタッフしか知らない極秘事項。出演者のみなさんも知りません。今後、明かされることがあるとしても、まだまだ先のことでしょう」◆最もボーっとしていなかったゲストは八嶋智人「八嶋さんは1回の放送で2問正解を出して、チコちゃんも悔しがっていました。あとは、中尾彬さんも手ごわかったです。正解でも不正解でも、チコちゃんを子供扱いせず、ゲストのかたがムキになってくれるほど、番組はおもしろくなります」◆チコちゃんが5才なのは、いちばん生々しいから「3、4才ではまだ語彙力が足らず、質問をするとなっても限られますし、6才だと小学校で社会生活に染まり、よい子になってしまう。自我を持ってちゃんとしゃべれて、社会に染まってないとすると、5才の素朴な質問がいちばん自由で鋭いんです」◆チコちゃんは“白金生まれ”と言い張っている!?「もともと“東京都港区白金生まれ”と言っていたのですが、いざしゃべってみたら関西弁丸出しで(笑い)。今は、“白金生まれと言い張っているチコちゃん”ですね」※女性セブン2019年1月3・10日号
2018.12.21 07:00
女性セブン
中尾彬が語る終活「アトリエ・マンション・ねじねじも処分」
中尾彬が語る終活「アトリエ・マンション・ねじねじも処分」
「終活」──。2009年に登場したこの言葉は、人生の“終わり”に向けた準備であり、天寿を全うするための助走を意味していた。ところが、この10年で「終活」は変わりつつある。人生の残された時間と向き合うことで、第2の人生を豊かに過ごすきっかけとなっている。それは、著名人も同じ。俳優・中尾彬(76)が語った。 * * * 今年、『終活夫婦』という本を出したけれど、私は死ぬための準備とは思っていないんですよ。 終活の契機は11年前、病気で倒れ生存率20%と言われたことです。この年は(妻の池波)志乃も大病をしたし、おふくろも亡くなるなど複数のことが重なって、そのときに志乃が今後は色々と整理をしておかねばと考えたらしい。でも、病気になってすぐに言われたら、私は気が進まなかったね。それから5、6年経って、病気をしたことも忘れてしまうくらい元気になったところで志乃から「そろそろ考えてみない?」と切り出されて、ようやく「そうだな」という気持ちになった。こういう話は、どちらかが弱っているときにするべきではないと思ったね。 最初に用意したのは遺言。次が墓。それから、徐々にモノを減らしていった。千葉にあったアトリエも、沖縄のマンションも手放しました。我々の体力が衰えているので、以前のような使い方ができなくなっていたんです。 アトリエは窓ガラスなどが特注品ばかりで修理をするなら総額500万円はかかると言われた。それで、修理してでも使うか、売るかを考えた。不動産屋に査定を頼んだら、現状のまま売るのと、更地にして売るのとほとんどトントンだと分かったので、マイナスにならなければいいということで売却話をまとめてもらいました。こういうことはガツガツするとダメ。「もっとまけろ」とか言い始めると、結局けじめがつかなくなる。決断するだけだね。 沖縄のマンションも、沖縄に行くこと自体が体力的に厳しくなった。楽しむために行っていたはずが、いつしか掃除をする目的で行くようになって疲れてしまってね。それなら手放して、沖縄に行くときはホテルに泊まればいい。家を手放しても、そこでできた友達は財産になっているから、それでいいんだよ。 モノも処分しています。大量にあった食器や洋服は業者に引き取ってもらったけれど、びっくりするほど安い。買ったときの値段しか頭にないからだろうね。 困ったのは書籍。江戸川乱歩の初版本の全集などもあったので、捨てるには忍びない。志乃がインターネットで欲しい人の手に渡りやすい古本屋を見つけてきました。こういうことがわかると、処分もやりがいが出てくる。 私がいつも首に巻いている“ねじねじ”も、200本を処分しました。何百本あっても、結局は好きな色や生地しか巻かないので、使うものだけを残して、あとは捨てました。 今でも新しい“ねじねじ”は買っているんです。ただ、今までは何でもかんでもという感覚でしたが、良いものを選んで一本一本買うようになったね。 年を取ると体力も衰えるし嗜好も変わる。すると、不必要なものもたくさん出てくる。私の終活は、年齢相応に生活を見直して、これから新たに生き、過ごしていくための作業だと思う。※週刊ポスト2018年9月21・28日号
2018.09.15 16:00
週刊ポスト
離婚が普通の時代に中尾彬と池波志乃、添い遂げる楽しさ語る
離婚が普通の時代に中尾彬と池波志乃、添い遂げる楽しさ語る
 現在、日本の結婚観は大きく変わろうとしている。「非婚出産」の道を選び、シングルマザーになる人。あるいは、3度、4度と結婚する人など、多様な価値観が生まれている。そんな社会において、「添い遂げる」という考えは、古い概念なのだろうか? いや、「添い遂げる」ことが時代遅れになったわけではない。「夫婦が長持ちして、仲のいい秘訣を教えてください、なんてよく質問される。でも、秘訣があったら誰も離婚しないだろ」 とおどける中尾彬(75才)とその横でほほえむ池波志乃(63才)。『終活夫婦』(講談社刊)を上梓したばかりのふたりが考える「添い遂げる」楽しさとは?彬:終活をするにあたって、“ねじねじ”(中尾のトレードマークの大判のショール。胸の前でねじって結ぶ)も減らしたよね。400本くらいあったのを半分にした。使っていないものも多かったしね。志乃:気に入ったものを新しく買うために、使わないものは処分しないと。彬:それにしても、いろいろ捨てるってなった時、意見が合わないことがなかった。あれは不思議だったね。志乃:そうね。うちは普段からよく会話するし、飲むとか食べるという趣味も一緒だから、もめることがなかったのかな。大事なのは、旦那さんが凝っているものをどうしても取っておきたいって言ったら、その通りにすること。わざわざ捨てて悲しい思いをすることなんてないんです。彬:“無駄”なものをきれいにして身軽になろうということなので、それは言わずもがな。男女は価値観が違うからね。志乃:私たちがあれこれ片付けているのは、過去の整理のためではなく、残されたこれからの未来をふたりで楽しむため。終活をしていると新婚に戻る感じがするわよね。彬:そう、原点回帰といえるよね。せっかくこうして41年間一緒に過ごしてこられたのだから、残りも思う存分楽しもうと思っている。今まで一緒にやってきたからこそ、こう言えるんだよな。志乃:楽しくいられるための努力。自分たちのための努力ですね。“空気”のような存在ながら、知らずと互いに気遣い合う様子が印象的だった。※女性セブン2018年7月19・26日号
2018.07.12 16:00
女性セブン
ねじねじ、お墓…中尾彬と池波志乃夫妻8つの終活キーワード
ねじねじ、お墓…中尾彬と池波志乃夫妻8つの終活キーワード
 おしどり夫婦・中尾彬(75才)と池波志乃(62才)が先ごろ刊行した『終活夫婦』(講談社刊)が話題を呼んでいる。家のこと、思い出の品、お墓のこと…、「中尾家の終活」が詰まった1冊だ。夫妻の人生において大事なキーワードを8つ紹介する【1】木更津のアトリエ 中尾の実家・千葉県木更津市にあったアトリエ。武蔵野美術大学時代の建築家の友人と一緒に建てた。「複雑な造りで、びっくり箱みたい!」(池波)と言うように、独創的な建築で、修理代も高額だった。絵画や陶芸を愛する中尾は、ここでひとり作品制作を行っていた。【2】沖縄のマンション 2002年に購入した、沖縄県にあったセカンドハウス。観光地にあって立地がよく、家電完備の優良物件だったので、買い手も多く、木更津のアトリエよりもラクに手放せたという。当時、沖縄で出会った友人たちは、今もふたりのよき財産になっている。【3】ねじねじ おなじみ中尾のトレードマーク。大判のショールを首に巻き、胸の前でねじって結ぶのが中尾流。夫婦間では“ねじねじ”の愛称で呼ばれる。今回の終活では、400本近く所有していたことが発覚し、世間を驚かせた。【4】映画『お葬式』 1984年に公開された、故・伊丹十三氏の初監督作品。突然葬儀を出すことになり、右往左往する家族の様子を独創的な伊丹節でコミカルに描いた。厳粛なお葬式で起こる笑いのギャップが話題を呼び、驚異的な大ヒットに。日本アカデミー賞など各映画賞を総なめにした。中尾は「人が死ぬってことは、『あぁ、こういうことだったのか…』と。悲しんでばかりはいられなくて、容赦なく事務的なことが次々と起こる。死んでしまったらもう、自分の意思は伝えられない。だから遺言状は、残る人たちのためにも必要なんだ」と同作について語る。 【5】お墓 東京・谷中に建てた墓。「イサム・ノグチじゃないけど、石の彫刻をやってみたかった」と言う中尾が自らデザイン。「どの墓も立っているから、横にしてやろう」と、角のない石を3段寝かせて、直筆で“無”という文字を刻んだ。あえて家名は入れずに、池波の母方の両親である金子家、父母の美濃部家も一緒に眠っている。3つの石には3家の思いが込められている。【6】旅行 ともに旅好きで、月に1度の旅行が夫婦の楽しみに。若い頃は海外にも行ったが、今は電車やバスを使った国内旅行がお気に入り。以前は中尾が準備を担当していたが、最近は池波がコーディネート。段取りよく旅程を決めるので、「“志乃旅行社”はなかなかのもの」と中尾も太鼓判。冬には福井県・芦原温泉『べにや』にかにを食べに行くなど、旅の目的はやっぱり“美味”。毎回決まった宿に泊まり、その土地のなじみになるのがふたりの定番の旅の楽しみ方。 【7】父 池波の父は、落語家の十代目金原亭馬生。祖父は五代目古今亭志ん生。馬生は食道がんを患ったが、噺家の命でもある声帯を守るべく、手術を拒否。中尾と池波の結婚4年後、54才の若さで他界した。中尾は馬生を慕い、毎晩のように酒を酌み交わす仲だったという。【8】『父の言葉』「私の成人式のときに父から贈られたこの言葉は一生の宝物です」(池波)私はフト思う父親として今君を見ていると幸福そうに見える いつまでもそうあってほしいでも人はかならず何かのカベにぶつかるそのカベは重くのしかかってくる その時逃げてはいけない息をつめてその重さにたえるのだ キットいつかそのカベは消えてくれる イザと云う時は人は助けてくれない自分しかないそれを忘れないようそして時々自分の背中を見るように そして冷たく自分を見るのですハッと思う様な事が見えることもあるものです了見を正しく生きて行く前提として体だけは大事にしてもらいたい それが唯一の頼みだ 何か面白くないことがあったら人のいないところで空に向ってどなりなさいお父さんのバカーと            父より志乃どの ※女性セブン2018年6月7日号
2018.05.30 07:00
女性セブン
夫婦で“終活”中尾彬、首の「ねじねじ」の数を半分にした
夫婦で“終活”中尾彬、首の「ねじねじ」の数を半分にした
 親を看取り、子供も巣立ち、いよいよ人生の後半戦。再びふたりに戻った夫婦の前に立ちはだかるのが“終活”だ。家のこと、思い出の品、お墓のこと、お金のこと…それらに頭を悩ませる人、けんかする人は数知れず。そんな熟年夫婦の間で、中尾彬(75才)と池波志乃(63才)が先ごろ刊行した『終活夫婦』(講談社)が話題を呼んでいる。芸能界きってのおしどり夫婦が行っている、人生を楽しむための“終活”について、話してもらった。彬:初めは“終活”っていう言葉も知らなかった。たまたまテレビ番組で「いろいろ整理しているんだ」と話したら、「それは“終活”ですね」なんて、言われてね。志乃:ただ整理していただけ。というのも、私たち子供がいないし、年をとってくると、家が3軒もあると大変なの。彬:じゃあ大きいものから少しずつ片付けていこうって、いろいろ調べたね。木更津にあるアトリエは30年も経っていて、修理しようと思ったら500万円もかかるって言われて驚いたよな。志乃:窓1枚で500万よ!彬:家はどんどん壊れていくから、少しずつ整理していこうと決めたけど、とにかくお金がかかる。木更津のアトリエは、撤去代と土地の売却代でほぼトントンだったね。志乃:沖縄のマンションは、1か月に1度、15年くらい通っていたの。行くと私は掃除をしなきゃならない。彬は、「おれがいると邪魔だから終わった頃に帰ってくる」って、友達とどっか行っちゃって。彬:…そうだったかなぁ(笑い)。志乃:「暑いのも気持ちいいわ」と、窓を開けっ放しで掃除して、若い時はそれでよかった。でもある日突然、すごく億劫になってしまって…。女って、どこかでいきなり大変になるのよね。「あれ? 沖縄に来ても掃除ばかりして、何やってるの? 私…」って、急にくたびれてしまった。彬:男は何でもほしがるじゃない? 別荘を造りたいと思っても、若い時はお金がなくて手に入らない。でも、それが仕事の励みになったし、自分はここまで達成できたという証にもなった。だけど、ずっとは持っていられないんだよね。年をとると若い頃のようには動けなくなるからね。志乃:家はなくなったけれど、沖縄で出会った友達との縁はずっと続いている。無駄なことなんて、1つもないのね。◆写真は1年に4枚、ねじねじは半分に彬:写真も1万枚近くあって、「ああ懐かしいなあ~」と思いながら見るんだけど、「…志乃、これ誰だっけ?」というのも多いんだよね。一緒に写っているけど、もう誰だかわからないの(笑い)。志乃:そう、写真もたくさん処分しましたよね。彬:写真は1年に4枚あればいい。春夏秋冬、1枚ずつ。「写真を捨てる決意がよくあるね」なんて言われるけど、記憶は(頭と胸を指さして)ココとココに残っていればいいんだよ。志乃:本当にこれは大事だなっていう写真は、そんなにたくさんはない。自分の思い出の中にはもちろんいるけれども、どちらか片方がいなくなって、顔を見たいな~っていう時のために、最低限をとっておくわけ。昭和の時代は紙に焼いた写真がいっぱいあったけど、掃除しながら「どうするのよ、これ」なんて、後で言われたくないしね。彬:“ねじねじ”もお気に入りだけに減らしたよね。使っていないものも多かったから。絵が描いてあると、ねじると模様がおかしくなって、訳がわからなくなるしね。志乃:もともとはショールだから、ねじねじ用には作ってないからね(笑い)。気に入ったものを新しく買うためにも、使わないものは処分しないと。彬:400本くらいあったけど、それを半分にした。この前も入れ替えたけどね、冬物と夏物。志乃:ねじねじの衣替えがいちばん大変なのよ、量が多いから。◆ムリに捨てない、ムキにならない志乃:でも、ちょっとでも迷うものは捨てない方がいい。どっちかが「うーん…」ってなった時は、置いておく。それでしばらく考えて、ふたりとも「やっぱりいらないか」ってなったら手放すの。彬:おれたち、捨てる時に意見が合わないことは全くなかったね。あれは不思議だね。志乃:日頃からよく話しているから意見が合うのかもね。うちは飲んだり食べたり、趣味が一緒だから問題ないけど。例えば、夫婦で趣味が違う場合、妻は全然興味がないけど、夫は絶対にほしいとか…。彬:41年の間にふたりの趣味も合ってきたんだろうなぁ。価値観が違うでしょ、男と女は。例えば、昔だったらマッチを集めたりさ。女から見たら「マッチなんか集めてつまんない」って思うだろうけど。『崎陽軒』のひょうたんとかさ。志乃:本人にとっては、「ひょうちゃんの柄がこうだ」とかこだわりがあるんだよね~。彬:え!? 志乃、よく知ってるねぇ~。志乃:そうでしょ、「この柄はあんまりないんだけど、やっと当たったんだ!」とか彬が言ってたから。彬:おれもとってあるよね、結構(笑い)。志乃:私にはどうでもいいものでも、彬にとっては、ただの“ひょうちゃん”じゃなくて、特別なのよね。もう何年も連れ添って終活をしようなんていう夫婦は、お互いのことをわかっているから。「この人はこういうものが大切なんだ」というものには触らない。それができないとけんかのための終活になっちゃう。彬:「そんなくだらないもの!」って言ったら、すぐけんかになっちゃうよね。志乃:あとはムキにならないこと。ちっとも片付かなくても、捨ててから悲しくなるんだったらやらない方がいい。しばらく置いておいて、いらないねってふたりが納得したら捨てればいい。時間がかかるんですよ~。だから少しでも早く始めた方がいいの!※女性セブン2018年6月7日号
2018.05.26 16:00
女性セブン
「好きな男性アナランキング」に見る人気男性アナの共通点
「好きな男性アナランキング」に見る人気男性アナの共通点
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、「好きな男性アナランキング」でもわかる、人気男性アナたるポイントを解説。 * * * 先週の「好きな女性アナウンサーランキング」に続いて、オリコン調べによる「好きな男性アナウンサーランキング」が発表された。 ベストテン順位は、羽鳥慎一(フリー)、武田真一(NHK)、青木源太(日テレ)、清水俊輔(テレ朝)、富川悠太(同)、伊藤利尋(フジ)、辻岡義堂(日テレ)、古舘伊知郎(フリー)、登坂淳一(NHK)、生田竜聖(フジ)各アナという面々。 いずれも、帯番組や人気番組で見かける、顔と名前が一致するアナばかりだが、彼らはいくつかの共通項でまとめられる。 まずは、「硬軟どちらの番組も仕切れる」ということだろう。1位の羽鳥アナは現在、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)の視聴率が絶好調。前番組の『グッド!モーニング』からの流れもひじょうによく、またぎの“掛け合い”で、『グッド!~』のコメンテーターやMC陣をいじるのは“お約束”だ。 たいがい、『~モーニングショー』で扱う軽ネタを元にした無茶ぶりなのだが、お陰で、新入りの福田成美キャスターは、アドリブ力が磨かれたし、毎回、羽鳥アナの目論見にそぐわない回答をする中尾彬とのやりとりでは、漏れなく笑いが生まれる。 古巣・日テレで局アナ時代から担当するバラエティー番組での仕切りは“軟”がメインで、『24時間テレビ』では先輩・徳光和夫アナに勝るとも劣らない量の涙を見せ、『~モーニングショー』では“硬”ネタを器用に展開する羽鳥アナ。 今回、ベストテンには入っていないが、「硬軟どちらもできる」ということで、テレビ朝日のアナウンサー試験で男子学生が目標に掲げる同局の男子アナというのが大熊英司アナだと聞いたことがある。 大熊アナと言えば、長年、週末のストレートニュース読みを担当する“報道の顔”でありながら、『「ぷっ」すま』のレギュラーを長く務め、草なぎ剛やユースケ・サンタマリアという、番組中の言動が読めないタレントを見事に仕切ってきた。 実は今回のベストテンで、これまでにも増して如実に表れているのが「ジャニーズ」というキーワードである。 1位の羽鳥アナは、SMAPや嵐との共演が多く、ジャニーズのタレントがメインパーソナリティーを担当し続けている『24時間テレビ』をフリーになった後も続けている。さらに、音楽祭の司会や、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の「ゴチになります」ではTOKIOの国分太一と共演している。 そして、今回初のベストスリー入りを果たした青木源太アナは、ジャニーズ好きとして全国的に知名度を上げており、時折、コンサート会場の客席に彼が姿を現すと、ファンの皆さんから大歓声が上がる。もちろん、日テレが出資しているジャニーズ映画の完成披露試写会の司会は青木アナ。最近はジャニーズ関連の“囲み取材”でリポーターらに混ざってマイクを握ることもある。 実は青木アナ、初めてランクインした昨年の時点で「ジャニーズファンの皆さんのパワーを改めて感じました」と“ジャニーズ票”の大きさを認識し、感謝している。 MCを務める『PON!』内のコーナー、「ジャニッPON!」でのイキイキした様子がジャニーズのタレントたちからも面白がられ、いまや相思相愛状態。日テレ内でも青木アナを「売り出そう」という動きが、桝太一アナが殿堂入りした一年程前から盛んになり、今年は高畑充希主演のドラマ『過保護のカホコ』にも出演したほどだ。 テレ朝の清水俊輔アナも『中居正広のミになる図書館』や『関ジャニの仕分け∞』でおなじみだし、辻岡義堂はKAT-TUNの亀梨和也“プロデューサー”とのコラボでおなじみの『ズームイン!!サタデー』のMCや、『シューイチ』レギュラー時代は中丸雄一と共演していた。 そして生田竜聖アナは、御存知、生田斗真の実弟で、竜聖が出演する情報番組では兄弟共演が実現している。 先日発表された「好きな女性アナウンサーランキング」で2位になったテレビ朝日の大下容子アナも、『SmaSTATION!!』での香取慎吾とのやりとり、SMAPやSMAPファンへの温かいコメントなどがモニターの選出理由として記されていたことでもわかるように、いま、このランキングで「ジャニーズ」は欠かせないキーワードなのである。 最後は「実年齢より若く見える」ということだ。出演番組で特に年齢が明かされるような場面がない男性アナウンサーは、「若く見られるほうが仕事がある」そうだ。 たとえば『めざましテレビ』の三宅正治アナのように、見るからにオジサンっぽい男子アナに軽いコーナーをやらせるワケにはいくまいと局側は判断する。視聴者も“見た目年齢”を重視するため、“チョイ役”では違和感を覚えてしまうのだ。 一方、男子アナの中には「永遠の若手」と揶揄されるタイプがいて、そういうアナはフットワークが軽く見えるうえ、たとえメインを張っていなくても、視聴者が「気にならない」というのである。確かに羽鳥慎一アナは来年3月で46才、武田真一アナは50才、伊藤利尋アナは45才と実はアラフィフ。清水俊輔アナは37才、青木アナは34才と、やはりみな実年齢よりも若く見えるし童顔だ。登坂アナも白髪を除けば顔だちは若々しいし、63才の古館アナも、決してその年齢には見えない。 実はテレビでは以前から「オジサンがオジサンを好きだとは限らない」と言われている(オバサンも同様)。つまり、オジサン視聴者がオジサンの出演者に視聴意欲をそそられるわけではない、という意味。特に男子アナの場合は、機動力を求められるため、見た目年齢の若さがひじょうに重要になってくるということなのだ。 この文脈でいうと、「殿堂入り」して久しいTBSの安住紳一郎アナは、「硬軟どちらの番組も仕切れて」「ジャニーズとの仕事も多く」「実年齢より若く見える」と“三拍子“揃っている。ランキング圏外の男子アナは参考にしてほしい。
2017.12.09 07:00
NEWSポストセブン
いしだ壱成
いしだ壱成以外にも…松岡修造、織田裕二ら芸能界の関白夫
 世は「草食系男子」「優男」の全盛期。しかし、かつては亭主関白が珍しくなかった。「大原麗子さん(享年62)と結婚していた当時、森進一さん(69才)は自称・亭主関白。田村正和さん(74才)も、温厚な草野仁さん(73才)も“母親が子の面倒を見るもの”と言ってました。中尾彬さん(75才)は“おれより遅く寝て早く起きろ”“財布の中身が足りなければ補充してよ”と、(さだまさしの)『関白宣言』の歌詞を地でいってました」(芸能レポーター) しかし、時代は変わった。今や共働き世帯は専業主婦世帯の1.7倍。女性も外に出て働き、男性と同等の経済力を身につけた今、家事や子育ての分業は当たり前。以前は普通だった「旦那さん」「奥さん」という呼び方さえ、「男女差別だ」として女性から嫌悪される時代だ。 ところが、そんななかでも関白夫は少なくない。10月18日に2度目の離婚を発表した、いしだ壱成(42才)。理由は妻に課せられた時代錯誤の“鬼掟八則”だったという。【1】朝、コップ1杯の水を用意【2】次に白湯を用意【3】シャワー中にバスタオル・洋服を準備【4】サラダ用に7種類のドレッシングを用意【5】夜は45℃のお風呂を準備【6】洋服を洗濯機へ、カバンを部屋へ【7】その日の領収書をまとめて精算【8】夕食に冷えたビールを準備 このルーティーンから少しでも逸れればいしだは激昂。そんな彼に、妻は結婚生活2年で別居を選んだ。 熱血指導で錦織圭選手(27才)を育てた松岡修造(49才)も、元アナウンサーの妻にアツイ。「松岡さんの亭主関白っぷりがわかる、その最たるものがプロポーズの言葉。“結婚したらおれは100%幸せになれる自信があるけど、きみを幸せにする自信はない”ですからね。結婚した後も、“すっぴんを見せるな”と言って奥さんは起きた時からフルメイク。“料理は炊きたて焼きたてを用意すること”という松岡さんのために、お肉を焼くときは1枚1枚フライパンからお皿に置く徹底ぶり。外食に行ってもメニューを決めるのは松岡さん。奥さんは口を挟んではいけないんです」(松岡を知る関係者) 織田裕二(49才)もなかなかのモノ。「買い物など人前に出るのは妻の役割。夫の名前は明かしてはいけない、など…有名人で仕方ないといえばそうですけど…」(前出・芸能レポーター) ダイアモンド ユカイ(55才)は亭主関白をウリにする。「帰宅時間を知らせなくても、“帰った時に適温の風呂を沸かしておくこと”“電子レンジでチンの食事は出さないこと”と平然とマイルールを押しつける。“子供たちの世話に追われて主人の世話が適当になるなんて駄目な嫁。風呂なんてボタンひとつだろ”と発言して、さすがに共演者からも視聴者からも大ブーイングでした」(テレビ関係者)“理想の夫”に見える向井理(35才)も、結婚相手に求める条件は厳しかった。「3年前に国仲涼子さん(38才)と結婚しましたが、“薄くていいから化粧はして”“鏡を見て意識していてほしい”“自分の時間を持ち、自立していること”と理想像が高い。ただ長男が生まれてからはイクメンぶりを発揮。このくらいの掟なら許せるかもしれませんね」(芸能関係者) 九州男児・福山雅治(48才)も、いかにも関白夫になりそうだったが、今では妻の仕事復帰を応援中。「結婚前は理想の相手について、“曲を作っている間は傍に寄ってこないで”“でもご飯、掃除、洗濯はやってほしい”“食べたい時にご飯を作って、Hな気分になったらそれにつきあってほしい”“休日はゴロ寝しても文句を言わないで”と注文が多かった。彼の妻になる人は大変だなぁと思っていたんですが、吹石一恵さん(35才)と結婚後に見せる顔は意外にも理想の夫系。“彼女らしくいてほしい”という気持ちからか、彼女の仕事復帰にも快く賛成していました」(音楽関係者) 同じく九州男児の博多大吉(46才)は亭主関白なのか、甘えん坊なのか…。「お風呂の準備は奥さんの仕事で、バスタオルや着替えを出さなきゃ入らない。しかも、お風呂上がりには“奥さんが体を拭くこと”だそうで。おまけに朝どんなに大吉さんの仕事が早くても“朝は必ず奥さんが起こすこと”という決まりだそうですよ」(前出・芸能関係者) お笑いコンビ・キングコングの梶原雄太(37才)は「夫以外の前で露出の多い服を着ないこと」という掟を妻に課している。 にわかに信じ難いが、世の“良妻”たちはこんな掟に耐え続けているという。※女性セブン2017年11月9日号
2017.10.28 07:00
女性セブン

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