出典/財務省「貿易統計」

出典/財務省「貿易統計」

アメリカ育ちが国産牛になる“長いところルール”

 遺伝子組み換え飼料に抗生物質……リスクにまみれて育った“国産牛”と同じか、それ以上に恐ろしいのは、甚大な健康被害の危険性がささやかれている「肥育ホルモン剤」を投与されたアメリカやオーストラリアの牛肉が国産牛肉に“化けて”いる可能性が否定できないことだ。東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授の鈴木宣弘さんが指摘する。

「牛肉の原産国表示は“その牛が育った期間がもっとも長い場所”を書けばいいと定められており、これは通称“長いところルール”といわれています。

 例えば、アメリカで肥育ホルモン剤を投与されて育ったホルスタインが2才のときに日本に輸入されてきて日本で乳牛としての役目を果たし、5才になって廃用牛として肉にされれば、2年間をアメリカで、3年間を日本で過ごしたその牛の肉は『日本産』と書ける。つまり『アメリカ育ちの国産牛』はありえない話ではないのです」(鈴木さん・以下同)

「国産牛」は品種が指定されていない一方、「和牛」は国が指定した4つの品種と、この品種間での交配による交雑種を指す。「アメリカ育ちの国産牛」がいるのと同じく「オーストラリア産和牛」も当たり前に存在するのだ。

 肥育ホルモン剤の多くは牛の体内にある女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンを化学的に合成したもので、牛の成長を早めてより少ないえさで多くの肉や牛乳を得られる画期的な方法として、アメリカやオーストラリアでは多用されている。

「アメリカなどの大規模農場では、牛の耳にピアスのような器具をつけることで、定期的に自動で肥育ホルモン剤を投与しています」

 だが1970〜1980年代にプエルトリコなどで10才未満の少女の乳房が膨らんだり、月経が始まったりと、性的に異常な発達がみられるなど、合成肥育ホルモン牛肉によるものとみられる健康被害が続出したのだ。

「これを受けて、1988年にはヨーロッパではすべての肥育ホルモン剤の使用が禁止になり、翌年にはアメリカからの牛肉は輸入禁止となりました」

 こうした措置との直接的な関連は明らかになっていないが、アメリカからの牛肉の輸入を禁止してから以降わずか7年で、EU諸国ではほとんどの国で乳がん死亡率が20%近く減少。中には45%も乳がん死亡率が減った国もあった。

 それほどの事態を経ても、アメリカ、オーストラリアのほか、カナダなどでは現在も合成の肥育ホルモン剤の使用が認められている。日本国内では使用が禁じられている一方で、海外から輸入されてくるホルモン牛は残留基準値に上限はあるものの、実質的には素通り状態だ。

 いま食卓にのぼっている国産牛も、海外で肥育ホルモン剤を打たれている可能性が充分にある。国産神話が揺らぐ一方、いまや海外では日本とは比べものにならないほど、牛肉の品質へのこだわりや安全意識が高まっている。

 その証拠に、アメリカのスーパーでは「ホルモン剤不使用」をうたう牛肉コーナーがあるのが普通で、「ホルモンフリーの安全なアメリカンビーフ100%使用」をウリにしている現地ハンバーガーチェーンも人気を集めている。

「国産なら安心」──いまやそれは古い常識になりつつあるのだ。

(了。前編を読む)

※女性セブン2024年7月11・18日号

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