「槍ヶ岳山荘」の社長を務める穂刈大輔さん。コロナ禍でも閉所しなかった「槍ヶ岳診療所」に大きな信頼を寄せていると話してくれた

「槍ヶ岳山荘」の社長を務める穂刈大輔さん。コロナ禍でも閉所しなかった「槍ヶ岳診療所」に大きな信頼を寄せていると話してくれた

近年は熱中症患者が急増「低体温症は減ったが、温暖化の影響が出ている」

 一方で、令和の山岳医療の現場では、昭和・平成とは異なる変化も起きている。20年近く槍ヶ岳診療所のボランティアを続けている看護師が話す。

「標高1000メートルを超えるごとに気温は6度下がると言われますが、昔と比べて低体温症で運び込まれる患者さんは少なくなりました。防水・透湿性、速乾性に優れたウェアの普及によって低体温症に陥る人が減ったことが大きいと思います。逆に近年は熱中症になる人が増えている印象です」

「槍ヶ岳山荘」の社長を務める穂刈大輔もまた「悪天候で低体温症になるケースはありますが、ここ数年は例年より気温が高く、熱中症になるお客さんが増えています。夏の雪渓の面積もどんどん減っていますし、温暖化の影響が出ていると思います」と懸念していた。

 さらに山岳診療所が抱える、ある“課題”についてもこう語る。

「山岳診療所の中には勤務医を派遣してもらっている所もありますが、ほとんどの場合がボランティア頼みです。人手が足りず、週末しか開所できない所もあると聞きます。そんな中、槍ヶ岳診療所はボランティアにもかかわらず、手厚い体制でよくやってくれています。

 槍ヶ岳診療所のありがたみを特に感じたのが、2020年のコロナ禍でした。当時は近隣の他の山小屋や山岳診療所はすべて閉鎖していましたが、慈恵医大の槍ヶ岳診療所だけは感染症対策をしながら開所してくれました。槍ヶ岳は北アルプスの登山道の交差点でもあるので、この山荘と診療所がないと無理をする登山客が後を絶たないのです。山荘で発熱した登山客を隔離しなければならないケースもあり、一番相談したい時に身近に医療従事者がいてくれたのは本当に心強かった」(前出・穂刈社長)

 この夏の約1か月間の開所中、槍ヶ岳診療所は数十人を救護した。登山客でにぎわう9月14日から16日のシルバーウィークにも再び医療従事者が入所し、診療と閉所作業を行い、今年の業務を終了する予定だ。

 高山では、誰もが体調を崩し、負傷する可能性がある。しかし、そのリスクを理解したうえで、見てもらいたい景色がある。だからこそ、登山の愛好家でもある医療従事者たちは、無償で山岳診療所を支え続けている。

<取材・文・撮影/中野龍>

【プロフィール】中野 龍(なかの・りょう)/フリーランスライター・ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。毎日新聞学生記者、化学工業日報記者などを経て、2012年からフリーランス。新聞や週刊誌で著名人インタビューを担当するほか、社会、ビジネスなど多分野の記事を執筆。公立高校・中学校で1年2カ月間、社会科教諭(臨時的任用教員)・講師として勤務した経験をもつ。

関連記事

トピックス

(写真/共同通信)
《神戸マンション刺殺》逮捕の“金髪メッシュ男”の危なすぎる正体、大手損害保険会社員・片山恵さん(24)の親族は「見当がまったくつかない」
NEWSポストセブン
列車の冷房送風口下は取り合い(写真提供/イメージマート)
《クーラーの温度設定で意見が真っ二つ》電車内で「寒暖差で体調崩すので弱冷房車」派がいる一方で、”送風口下の取り合い”を続ける汗かき男性は「なぜ”強冷房車”がないのか」と求める
NEWSポストセブン
アメリカの女子プロテニス、サーシャ・ヴィッカリー選手(時事通信フォト)
《大坂なおみとも対戦》米・現役女子プロテニス選手、成人向けSNSで過激コンテンツを販売して海外メディアが騒然…「今まで稼いだ中で一番楽に稼げるお金」
NEWSポストセブン
ジャスティン・ビーバーの“なりすまし”が高級クラブでジャックし出禁となった(X/Instagramより)
《あまりのそっくりぶりに永久出禁》ジャスティン・ビーバー(31)の“なりすまし”が高級クラブを4分27秒ジャックの顛末
NEWSポストセブン
愛用するサメリュック
《『ドッキリGP』で7か国語を披露》“ピュアすぎる”と話題の元フィギュア日本代表・高橋成美の過酷すぎる育成時代「ハードな筋トレで身長は低いまま、生理も26歳までこず」
NEWSポストセブン
「舌出し失神KO勝ち」から42年後の真実(撮影=木村盛綱/AFLO)
【追悼ハルク・ホーガン】無名のミュージシャンが「プロレスラーになりたい」と長州力を訪問 最大の転機となったアントニオ猪木との出会い
週刊ポスト
野生のヒグマの恐怖を対峙したハンターが語った(左の写真はサンプルです)
「奴らは6発撃っても死なない」「猟犬もビクビクと震え上がった」クレームを入れる人が知らない“北海道のヒグマの恐ろしさ”《対峙したハンターが語る熊恐怖体験》
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘に関する訴訟があった(共同通信)
「オオタニは代理人を盾に…」黒塗りの訴状に記された“大谷翔平ビジネスのリアル”…ハワイ25億円別荘の訴訟騒動、前々からあった“不吉な予兆”
NEWSポストセブン
話題を集めた佳子さま着用の水玉ワンピース(写真/共同通信社)
《夏らしくてとても爽やかとSNSで絶賛》佳子さま“何年も同じ水玉ワンピースを着回し”で体現する「皇室の伝統的な精神」
週刊ポスト
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
《駆除個体は名物熊“岩尾別の母さん”》地元で評判の「大人しいクマ」が人を襲ったワケ「現場は“アリの巣が沢山出来る”ヒヤリハット地点だった」【羅臼岳ヒグマ死亡事故】
NEWSポストセブン
真美子さんが信頼を寄せる大谷翔平の代理人・ネズ・バレロ氏(時事通信)
《“訴訟でモヤモヤ”の真美子さん》スゴ腕代理人・バレロ氏に寄せる“全幅の信頼”「スイートルームにも家族で同伴」【大谷翔平のハワイ別荘訴訟騒動】
NEWSポストセブン
中居正広氏の騒動はどこに帰着するのか
《中居正広氏のトラブル事案はなぜ刑事事件にならないのか》示談内容に「刑事告訴しない」条項が盛り込まれている可能性も 示談破棄なら状況変化も
週刊ポスト