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【逆説の日本史】バボージャブへの「手のひら返し」が招いた「大きなツケ」とは何か?

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その7」をお届けする(第1430回)。

 * * *
 近代史における日本とモンゴルの関わりについて、ようやく一九一六年(大正5)、第二次大隈重信内閣がモンゴル大統一の理想を抱いたバボージャブへの「手のひら返し」を実行したところまできた。前回、このことは「後で大きなツケになって回ってくる」と述べたが、それはどういうことか?

 大変失礼な言い方になるが、おそらく近代史に関してかなり詳しい人でも、その「ツケ」とはいったい何か、思いつかないのではないかと私は予想している。これはモンゴル史を詳しく知らないと思いつかないことであるし、前にも述べたように日本人はあまりにもモンゴル史を知らなすぎるので、そのように予測するわけだ。

 もちろん、いま書いているのは「逆説の日本史」であって「逆説のモンゴル史」では無い。当然その「大きなツケ」というのは、日本がらみのことでなくてはならない。しかし、これだけ言ってもおそらく多くの読者の脳裏にはそれが何であるか、浮かんでこないのではないか。逆に言えば、これは歴史を考えるのに大変よい材料であるとも言えるので、答えをすぐに書かずにヒントを出そう。正解をすぐ思いついた方にとっては回り道になるが、少しおつき合い願いたい。

 まずは、「モンゴル史を詳しく知る男」司馬遼太郎の「モンゴル紀行」から、ヒントになる部分を抽出する。ちょうど彼がモンゴル人民共和国(1973年当時)の首都ウランバートルに入ったときのことだ。

〈科学アカデミーの前に、スターリンの銅像が立っているのは、こんにちの共産圏諸国の常識からみれば珍景というべきであろう。スターリンは(中略)ロシアの本場にあっては完膚なきまでに批判された。その銅像も姿を消し、かれの名を冠したスターリングラードなどもヴォルゴグラードと改称されたりしたが、モンゴル人民共和国ばかりは、そういう時流にはいっこうに無関心なようである。
 その理由をひとことでいえば、
 ──スターリンには、世話になった。
 という、東洋的な義理人情とつながりがあるらしい。〉
(『街道をゆく5 モンゴル紀行』朝日新聞出版刊)

 文中にもあるように、ソビエト共産党の独裁者ヨシフ・スターリンの没後に始められた「スターリン批判」は、大きな嵐のようなものだった。なにしろスターリンは、粛清と称して他ならぬソビエト国民を数百万人単位で殺しただけで無く、その支配下にあった東欧六か国や周辺国家も地獄の苦しみを味わわされた。

 たとえば、ウクライナは現在もそうであるように「ヨーロッパの穀倉」であり食料不足などとは本来無縁の国家なのだが、スターリンが君臨していた時代は多くの餓死者を出した。スターリンが収穫を取り上げ、外貨獲得のために輸出に回したからである。ホロドモールと呼ばれる、この人為的な大飢饉のことは以前にも紹介したが、もちろんスターリンがひどい目に遭わせたのはウクライナだけでは無い。モンゴル人民共和国ですら例外では無かった。「師匠」スターリンを見習った「弟子」がいたからである。

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