ライフ

【書評】『夏目漱石 美術を見る眼』朝日新聞時代の夏目漱石は歯に衣着せぬ辛口批評家だった

『夏目漱石 美術を見る眼』/ホンダ・アキノ・著

『夏目漱石 美術を見る眼』/ホンダ・アキノ・著

【書評】『夏目漱石 美術を見る眼』/ホンダ・アキノ・著/平凡社/2750円
【評者】嵐山光三郎(作家)

 明治四十年、四十歳の漱石は、東大教授を蹴って朝日新聞に入社した。大学では年俸八百円であったが、新聞社は月俸二百円と賞与年二回。毎日出社する必要はなく、小説を書けばよい。さっそく『虞美人草』の連載をはじめ、文芸欄を主宰して講演旅行もこなした。明治四十年には美術界では「文展」(旧日展)が発足して、美術記事もこなした。人気小説家が書く美術評はたとえば「生きた絵と死んだ絵」というタイトルでインパクトが強い。

 漱石はベテランの旧派をコテンパンにけなして、独創的な新しさを発掘しようとした。権威ある美術館に飾られているだけが優れた作品ではなく、「落第の名誉を得た諸氏は、文展の向ふを張ってヒューザン会(落選展)を公開せよ」と提案した。この本には、漱石が批判した画壇大家の絵(図版)がずらりと出てくる。

 気にいった山水画はディテイルをほめ「是が欲しいと思つた」と書く。なにしろ漱石ですからね。歯に衣着せぬ辛口批評を書かれた画家は、さぞかし腹がたっただろうが、漱石自身、作品をけなされる怖さを知っていた。

『吾輩は猫である』(第一回)が『ホトトギス』に掲載されたとき、評論家の大町桂月が「詩趣ある代りに、稚気あるを免れず」とけなすと、次回の『猫』で桂月の名を出して応酬した。美術記者としての漱石は視線がオリジナルで、目のつけどころが独特、自然、自由、無我無欲をよしとした。

 漱石の美術記事を初めて読んだが、新聞記事となると、直情を過激に書く。美術記者としての使命感が強い。旧態依然としてマンネリズムの絵をコテンパンにけなした。漱石がこれほど美術評を書いていたことは知らなかった。評価を気にして媚を売る大家を嫌った。

 漱石は自ら絵を描き、画家をモデルにした小説も多い。『二人の美術記者 井上靖と司馬遼太郎』で評判をよんだホンダ・アキノの第二弾。ホンダ・アキノ(女性)は凄腕だぞ。

※週刊ポスト2025年2月7日号

関連記事

トピックス

高校時代の安福久美子容疑者(右・共同通信)
《「子育ての苦労を分からせたかった」と供述》「夫婦2人でいるところを見たことがない」隣人男性が証言した安福容疑者の“孤育て”「不思議な家族だった」
活動再開を発表した小島瑠璃子(時事通信フォト)
《輝く金髪姿で再始動》こじるりが亡き夫のサウナ会社を破産処理へ…“新ビジネス”に向ける意気込み「子供の人生だけは輝かしいものになってほしい」
NEWSポストセブン
中国でも人気があるキムタク親子
《木村拓哉とKokiの中国版SNSがピタリと停止》緊迫の日中関係のなか2人が“無風”でいられる理由…背景に「2025年ならではの事情」
NEWSポストセブン
トランプ米大統領によるベネズエラ攻撃はいよいよ危険水域に突入している(時事通信フォト、中央・右はEPA=時事)
《米vs中ロで戦争前夜の危険水域…》トランプ大統領が地上攻撃に言及した「ベネズエラ戦争」が“世界の火薬庫”に 日本では報じられないヤバすぎる「カリブ海の緊迫」
週刊ポスト
ケンダルはこのまま車に乗っているようだ(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
《“ぴったり具合”で校則違反が決まる》オーストラリアの高校が“行き過ぎたアスレジャー”禁止で波紋「嫌なら転校すべき」「こんな服を学校に着ていくなんて」支持する声も 
NEWSポストセブン
24才のお誕生日を迎えられた愛子さま(2025年11月7日、写真/宮内庁提供)
《12月1日に24才のお誕生日》愛子さま、新たな家族「美海(みみ)」のお写真公開 今年8月に保護猫を迎えられて、これで飼い猫は「セブン」との2匹に 
女性セブン
新大関の安青錦(写真/共同通信社)
《里帰りは叶わぬまま》新大関・安青錦、母国ウクライナへの複雑な思い 3才上の兄は今なお戦禍での生活、国際電話での優勝報告に、ドイツで暮らす両親は涙 
女性セブン
東京ディズニーシーにある「ホテルミラコスタ」で刃物を持って侵入した姜春雨容疑者(34)(HP/容疑者のSNSより)
《夢の国の”刃物男”の素顔》「日本語が苦手」「寡黙で大人しい人」ホテルミラコスタで中華包丁を取り出した姜春雨容疑者の目撃証言
NEWSポストセブン
石橋貴明の近影がXに投稿されていた(写真/AFLO)
《黒髪からグレイヘアに激変》がん闘病中のほっそり石橋貴明の近影公開、後輩プロ野球選手らと食事会で「近影解禁」の背景
NEWSポストセブン
秋の園遊会で招待者と歓談される秋篠宮妃紀子さま(時事通信フォト)
《陽の光の下で輝く紀子さまの“レッドヘア”》“アラ還でもふんわりヘア”から伝わる御髪への美意識「ガーリーアイテムで親しみやすさを演出」
NEWSポストセブン
ニューヨークのイベントでパンツレスファッションで現れたリサ(時事通信フォト)
《マネはお勧めできない》“パンツレス”ファッションがSNSで物議…スタイル抜群の海外セレブらが見せるスタイルに困惑「公序良俗を考えると難しいかと」
NEWSポストセブン
中国でライブをおこなった歌手・BENI(Instagramより)
《歌手・BENI(39)の中国公演が無事に開催されたワケ》浜崎あゆみ、大槻マキ…中国側の“日本のエンタメ弾圧”相次ぐなかでなぜ「地域によって違いがある」
NEWSポストセブン