芸能

《追悼》みのもんたさん、文化放送社員アナ時代の秘話と名司会者タモリとの“数奇な運命”

3月1日に亡くなったフリーアナウンサーのみのもんたさん

3月1日に亡くなったフリーアナウンサーのみのもんたさん

“視聴率男”として平成のテレビ黄金期を支えた、みのもんたさん(享年80)。フリーになる前は、文化放送の社員アナウンサーとしてラジオ番組のパーソナリティーとして活躍していた。その頃、ハガキ職人として番組をチェックしていたという放送作家の山田美保子さんが生前の思い出を振り返る。

* * *

 フリーアナウンサーのみのもんたさん(本名・御法川法男)が3月1日未明に死去した。それを受け、週末のニュースや情報番組は長尺で「視聴率男」「全局制覇」から、全盛期はレギュラー16本を抱え、「1週間で最も長く生放送に出演する司会者」としてギネス世界記録に認定されたことまでを報じた。

 最後のテレビ出演は、かつて『朝ズバッ!』(TBS系)で約7年共演した同局の井上貴博アナによるインタビューで昨年11月のことだった。パーキンソン病で闘病中であることを公表していたが、画面上では元気に見えたし、声にも張りがあったものだ。

 今年1月16日の夜7時頃、港区にある芸能人御用達の高級焼肉店で牛タンを喉に詰まらせ、意識不明の重体となり、一時は心肺停止状態だったことは当サイト既報どおり。それから45日後の訃報だった。

「つまり、それまではお元気だったということですよね」とは3日、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)での玉川徹氏のコメントだ。

 お酒をこよなく愛し、芸能界随一のグルメとしても知られたみのさんには飲食店での豪快なエピソードが数え切れないし、同番組で羽鳥キャスターは、「本当に明るい、元気なおじさんだったなぁという思いしかない」と言い、昨年12月に旅立った小倉智昭さんの名前を出し、「なんかもう、見習うべき人がどんどんいなくなってしまうなぁと」と俯いた。

 他にも多くの番組で共演したタレントや、「子供の頃に見ていた」「YouTubeで『学校へ行こう』が流れてくるので知っている」という10代や20代のモデルまでがコメントをしているが、みのさんの原点、文化放送のアナウンサー時代のエピソードはあまり出ていないのでここに記したい。

文化放送の社員アナでありながら芸名で活動

 筆者は小学5年生から文化放送のヘビーリスナーで、土居まさるさん(1999年1月18日死去)が平日の夕方に担当していた公開生放送『ハローパーティー』を経て、小学6年のときには1969年にスタートした深夜放送『セイ!ヤング』のハガキ職人を始めていた。

 ニッポン放送の『オールナイトニッポン』やTBSラジオの『パックインミュージック』と文化放送の『セイ!ヤング』は在京局の3大人気深夜ラジオで、タレントや人気作詞家、大学教授、ラジオディレクターらと共に、自局のアナウンサーがパーソナリティーを務めていたのだ。

『セイ!ヤング』では、先に『真夜中のリクエストコーナー』を担当し人気を博していた土居さんや、みのさん、そして、みのさんと同期で、ファンから「レモンちゃん」と呼ばれ、アイドル的人気を誇っていた、後に作家となる落合恵子氏が局アナとしてそれぞれ曜日を担当していたのである。

『深夜放送ファン』という月刊誌もあったし、局の垣根を飛び越えた合同イベントもあった。各パーソナリティーはレコードやエッセイ集を発売し、ヒットさせていたものである。『セイ!ヤング』スタート時、みのさんは入社2年~3年という時期。『セイ!ヤング』がスタートする前の時間帯、月~金曜で、『みのもんたのゲリラでいこう』という10分番組も担当していた。

 印象としては、「とにかく元気な人」で、いい意味で“いい加減”なところがあった。いまでいうと、高田純次の芸風に似ていただろうか。それも“うんと元気で、それが永久に持続する高田純次”。思いついたことをすぐ口に出す人でもあって、その一言がとても印象的で相手に心に刺さるのだ。訃報に際し、多くの人たちが、みのさんから言われた“珠玉の一言”を口々に披露したのはそのせいだと思う。そして、みのさんは、当時から女性を褒めることにも長けていた。

 一度、みのさんが乾みずえアナと担当していた番組のスタジオに、公開もされていないのに友人と遊びに行ったことがあるのだが(なぜ入れたのかは失念)、小学校高学年か中学校低学年の“お子ちゃま”な私たちに、後の『~おもいッきりテレビ』での“「お嬢さん」呼び”にも似た最上級の扱いをしてくれたのを憶えている。

 土居まさるさんと、みのもんたさんにはいくつもの共通点がある。まずは立教大学出身ということだ。実は当時、男性アナウンサーの多くは同大学の放送研究会出身で、土居さんと同期で「お別れ会」の司会を務めた元・日本テレビの徳光和夫アナも同窓だ。

 次なる共通点は、土居さんの本名は平川巌彦(よしひこ)、みのさんの本名は御法川法男。文化放送の社員アナウンサーでありながら、芸名で仕事をしていたことだ。

 後に、みのさんは徳光アナと『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際、芸名の由来を「申年だったから」と明かしたが、当時、筆者らファンが聞いていたのは、みのさんが愛してやまなかった「モンタサン」という競走馬からとったという話だった。

 土居さんは、みのさんより4期先輩。先に深夜ラジオで人気を博し、徳光アナ曰く、「送りっ放しと書く”放送“を最初に相互通行にしたのは土居ちゃんだった」という土居さんが、リスナーからリクエストやハガキを募り、それらに応え、人気アナウンサーになっていた様子にみのさんが憧れを抱いていたことは想像に難くない。

関連記事

トピックス

法定スピード以上の速度で突っ込んだ(時事通信)
《独自》内閣府公用車の9人死傷暴走事故 委託先は2年前にも永田町で公用車ひき逃げ死亡事故 運営会社と内閣府が「間違いございません」と事実関係を認める
NEWSポストセブン
「日本学術振興会賞」と「日本学士院学術奨励賞」の授賞式に出席された秋篠宮ご夫妻(2026年2月3日、撮影/JMPA)
《上品な艶がドレッシー》紀子さまの授賞式ファッション ライトブルーのセットアップで親しみやすさを演出、同系色のブローチも
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《司忍組長、84歳の誕生日会に密着》胡蝶蘭、鯛、枡酒にコンパニオンが大挙 警察、メディアが関心を寄せる「山口組重要文書」の存在
NEWSポストセブン
晩餐会での“少女漫画のようなエスコート”動画が話題に(提供:soya0801_mlb)
《独占入手》妻・真美子さんの手を優しく取って…大谷翔平、晩餐会での“少女漫画のようなエスコート”動画が話題に ファンに伝えた「ありがとう」
NEWSポストセブン
目撃者が語った“凄惨な事故現場”とは(左/時事通信フォト、右/共同通信)
「『死んじゃうよー』公用車の運転手がうめき声を…」「官僚2人は後ろでグッタリ」公用車が130キロで死傷事故、目撃者が語った“凄惨な事故現場”【高市首相、腹心の官僚】
NEWSポストセブン
若い女性たちとエプスタイン(民主党資料より)
「ひとりで楽しみ、体に触り、無理やり行為に及んだ」10代の少女らが性的搾取された“エプスタイン事件” 米司法省が新たに公開、画像や動画…300万枚の資料が示す“被害の詳細”
NEWSポストセブン
CanCam卒の注目女優宮本茉由
《CanCamモデルを卒業》不倫ドラマ主演でも話題・宮本茉由、長野県・北アルプスの麓で見せた「止まらない色気」
週刊ポスト
ラオジーのブログより(現在は削除済み)
《昨夜の子は何歳だったんだ…との投稿も》「ラオスの帝王ラオジー」ブログの不正開設の疑いで61歳の男が逮捕 専門家が明かしたラオス児童買春のいま
NEWSポストセブン
司法省がアンドリュー元王子の写真を公開した(写真/Getty Images)
《白シャツ女性に覆いかぶさるように…》エプスタイン・ファイルで新公開されたアンドリュー元王子とみられる人物の“近すぎる距離感の写真” 女性の体を触るカットも
NEWSポストセブン
全米野球記者協会ニューヨーク支部主催のアワードディナーに出席した大谷翔平と、妻・真美子さん(左/時事通信フォト、右/提供:soya0801_mlb)
《真美子さんが座る椅子の背もたれに腕を回し…》大谷翔平が信頼して妻を託す“日系通訳”の素性 “VIPルーム観戦にも同席”“距離が近い”
NEWSポストセブン
なぜ実の姉を自宅で監禁できたのか──
《“お前の足を切って渡すから足を出せ”50代姉を監禁・暴行》「インターホンを押しても出ない」「高級外車が2台」市川陽崇・奈美容疑者夫妻 “恐怖の二世帯住宅”への近隣証言
NEWSポストセブン
国際ジャーナリスト・落合信彦氏
国際ジャーナリスト・落合信彦氏が予見していた「アメリカが世界の警察官をやめる」「プーチン大統領暴走」の時代 世界の“悪夢”をここまで見通していた
NEWSポストセブン