中国砲艦による「日本人乱射」

 では、日本軍は、この「ひどい間違い」をどうやって解消すべきか? 約束を守らない赤色パルチザンは白系ロシア人の虐殺はやめないだろうし、その次は日本の番であることも目に見えている。なぜなら、日本も革命に干渉するためにやって来たのだし、赤色パルチザンから見れば小兵力で援軍を期待できない日本軍を撃滅する最大のチャンスでもあるからだ。こうした状況下で、トリャピーツインは三月十日に日本軍に対して武装解除を要求してきた。武器を赤軍側に引き渡せば日本人の安全な退去を保証する、というのである。

 そんなことはまったく信じられない、と日本側が考えたのは当然だろう。グートマンもこれは「トリャピーツインの挑発」だと断じている。だが、日本側の兵力は敵の十分の一である。勝つためには敵の不意を打つ、つまり予告無しの奇襲しかない。たしかに日本軍は赤軍と休戦協定は結んでいたが、その前提として守られるべき約束はことごとく反故にされていたのである。これ以上の白系ロシア人の虐殺、そして次に予想される日本人の虐殺を防ぐためには、攻撃しかなかった。

 日本軍は三月十二日未明、出撃し赤軍本部を攻撃したが、襲撃は赤軍も当然予測しており日本軍はトリャピーツインに軽傷を負わせたものの、取り逃がしてしまった。このときこそ日本軍が勝つ最大にして最後のチャンスだったのだが、その後は敵の兵力に圧倒された。とくに日本側にとって痛かったのは、ニコラエフスク港外まで中国人居留民を守るために進出していた中国海軍の砲艦が、赤色パルチザンに味方したことだ。

 なぜ中国軍が赤軍に味方したかと言えば、自国の居留民を保護するためである。中国領事は早くからトリャピーツインと気脈を通じ、日本軍に味方したり白系ロシア人を保護したりしない代わりに、中国人の安全を保障するよう要請していた。トリャピーツインがこれを受けたのは中国砲艦を敵に回すのは厄介だと考えたからだろう。だから日本軍が攻撃に踏み切ったとき、中国は次のような処置を取った。

〈日本の兵士と住民の一部が日本領事館からニコラエフスク湾で氷に閉ざされた中国砲艦に向かって救助を求めて駆け寄ったとき中国砲艦から日本人に乱射したのである。彼らは全員がパルチザンと中国軍の十字砲火により非業の死を遂げた。〉
(引用前掲書)

 中国にしてみれば自国民の救助を優先するのが当然で、日本に対する義理は無い。それどころか日本は「対華二十一箇条の要求」を押しつけてきた潜在敵国だ、というところだろう。もちろん、このことが日本で大々的に報じられて以後、日本人の対中国感情は悪化した。赤色パルチザンのような野蛮人に味方する中国も野蛮国だ、という認識である。

 ただグートマンは、中国人居留民(民間人)は軍人や外交官と違って白系ロシア人に同情的であり、その援助によって救われた市民は「一〇〇人を下らなかった」とも指摘している(引用前掲書)。何事も「お上」の命令に従う日本人と違って、中国人は人と人のつながりを重視する。それが近代国家への発展を阻害している面があるのも事実だが、このときは一部のロシア人の幸運につながったわけだ。

 結局、トリャピーツインの「白系ロシア人も日本人(兵士および民間人)も皆殺しにする」という計画は達成された。なぜ「皆殺し」かと言えば、彼らはすべて「革命の敵」であるというのが建前だったが、実際は「乱妨取り」が目的だったからである。赤色パルチザンの兵士およびそれに従う中国人、朝鮮人はそれが楽しみでトリャピーツインについてきたのだから。

関連キーワード

関連記事

トピックス

事実上の戦力外となった前田健太(時事通信フォト)
《あなたとの旅はエキサイティングだった》戦力外の前田健太投手、元女性アナの年上妻と別居生活 すでに帰国の「惜別SNS英文」の意味深
NEWSポストセブン
1992年にデビューし、アイドルグループ「みるく」のメンバーとして活躍したそめやゆきこさん
《熱湯風呂に9回入湯》元アイドル・そめやゆきこ「初海外の現地でセクシー写真集を撮ると言われて…」両親に勘当され抱え続けた“トラウマ”の過去
NEWSポストセブン
笑顔に隠されたムキムキ女将の知られざる過去とは…
《老舗かまぼこ屋のムキムキ女将》「銭湯ではタオルで身体を隠しちゃう」一心不乱に突き進む“筋肉道”の苦悩と葛藤、1度だけ号泣した過酷減量
NEWSポストセブン
左:激太り後の水原被告、右:
【激太りの近況】水原一平氏が収監延期で滞在続ける「家賃2400ドル新居」での“優雅な生活”「テスラに乗り、2匹の愛犬とともに」
NEWSポストセブン
折田楓氏(本人のinstagramより)
「身内にゆるいねアンタら、大変なことになるよ!」 斎藤元彦兵庫県知事と「merchu」折田楓社長の“関係”が県議会委員会で物議《県知事らによる“企業表彰”を受賞》
NEWSポストセブン
“ボディビルダー”というもう一つの顔を持つ
《かまぼこ屋の若女将がエプロン脱いだらムキムキ》体重24キロ増減、“筋肉美”を求めて1年でボディビル大会入賞「きっかけは夫の一声でした」
NEWSポストセブン
チームを引っ張るドミニカ人留学生のエミールとユニオール(筆者撮影、以下同)
春の栃木大会「幸福の科学学園」がベスト8入り 元中日監督・森繁和氏の計らいで来日したドミニカ出身部員は「もともとクリスチャンだが幸福の科学のことも学んでいる」と語る
NEWSポストセブン
横山剣(右)と岩崎宏美の「昭和歌謡イイネ!」対談
【横山剣「昭和歌謡イイネ!」対談】岩崎宏美が語る『スター誕生!』秘話 毎週500人が参加したオーディション、トレードマークの「おかっぱ」を生んだディレクターの“暴言”
週刊ポスト
”乱闘騒ぎ”に巻き込まれたアイドルグループ「≠ME(ノットイコールミー)」(取材者提供)
《現場に現れた“謎のパーカー集団”》『≠ME』イベントの“暴力沙汰”をファンが目撃「計画的で、手慣れた様子」「抽選箱を地面に叩きつけ…」トラブル一部始終
NEWSポストセブン
母・佳代さんのエッセイ本を絶賛した小室圭さん
小室圭さん “トランプショック”による多忙で「眞子さんとの日本帰国」はどうなる? 最愛の母・佳代さんと会うチャンスが…
NEWSポストセブン
春の雅楽演奏会を鑑賞された愛子さま(2025年4月27日、撮影/JMPA)
《雅楽演奏会をご鑑賞》愛子さま、春の訪れを感じさせる装い 母・雅子さまと同じ「光沢×ピンク」コーデ
NEWSポストセブン
自宅で
中山美穂はなぜ「月9」で大記録を打ち立てることができたのか 最高視聴率25%、オリコン30万枚以上を3回達成した「唯一の女優」
NEWSポストセブン