ライフ

【逆説の日本史】死を選んだ人間が「最も幸せだった」という赤色パルチザンの凄惨な殺戮

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 最終回」をお届けする(第1451回)。

 * * *
「中立協定」によって日本軍の介入を阻止したヤーコフ・トリャピーツイン率いる赤色パルチザン約四千三百名は、やすやすと市内に侵入した。

 日本軍にとって不幸だったのは、白軍との連携が断たれたことで兵力が不足し、町から少し離れた丘陵地帯にあった海軍の通信基地が赤色パルチザンに占拠されてしまったことだ。これで日本軍は外部との通信手段を完全に奪われてしまった。それでも現地の情勢の緊迫を感じた現地司令部は、まず陸軍が援軍を検討したが兵力に余裕が無く、海軍は海軍でじゅうぶんな能力のある砕氷船を所持しておらず海路からのニコラエフスク到達は不可能だった。

 さらに間の悪いことに、通信手段が奪われる直前にニコラエフスク駐屯部隊が受け取ったのは、この地方を統括する第十四師団長・白水淡中将の「赤軍と白軍の争いに介入するな」という師団長命令だった。そして、トリャピーツインもそれを把握していた。彼はほくそ笑んだだろう。

 兵力は日本の十倍以上あるものの「ならず者」の寄せ集めである赤色パルチザン軍にとって一番困る事態は、日本軍と白軍が合同してニコラエフスクに「籠城」することだ。大陸の都市というのは北京(城)などが典型的だが、外敵が攻めてきたときは守りを固めやすい構造になっており、少人数でも大軍にある程度は対抗できる。ところがこの命令が届いたことによって、日本側から見れば白軍との共闘は命令違反になってしまい、共闘の道がふさがれてしまったのだ。

 白軍の幹部は日本軍幹部を説得し、なんとか共闘しようとしたが日本側は師団長命令には逆らえない、とこれを断った。絶望した白軍幹部はどうしたか?

〈日本軍本部が赤軍派の入市を妨げないという悲しむべき決定をしたことを知ると、守備隊長メドヴェーデフ大佐は合意発効日の夕方日本軍本部に向かった。メドヴェーデフは日本軍本部に過去のパルチザン戦における支援に対する心からの謝意を表し、(中略)夜の一〇時に家に戻ると、当直の女電話交換手と静かに別れの挨拶をして自室に入り、こめかみを撃って生命を断った…。〉
(『ニコラエフスクの日本人虐殺 一九二〇年、尼港事件の真実』アナトーリー・グートマン著 長勢了治訳 勉誠出版刊)

 赤軍派の入市日に定められていた翌朝(1920年〈大正9〉2月28日)、メドヴェーデフの側近三名も同じ方法で命を絶ったが、彼らの「自決」の理由も武装解除されたうえの無条件降伏はロシア軍の名誉が許さない、ということであった。しかしメドヴェーデフの脳裏には、市民を最後まで守れなかったという責任感があったのではないか。(白系ロシア人の)市民に暴行・略奪・虐殺はしないという赤色パルチザンの約束など、守られるはずも無いということだ。

 なぜ、そう言えるかはおわかりだろう。この時代の赤色パルチザンは「ならず者」の集まりであり、指揮官が「乱妨取り」を認めることによって団結を保っていたからだ。それは、ロシアという「後進国」に生を受けた軍人にとって常識だったはずだ。『ニコラエフスクの日本人虐殺』の著者グートマンは、これに続く記述で次のように述べている。

〈恥ずべき降伏と赤い強盗の嘲笑よりも自殺を選んだロシア軍将校は悲劇的にかつ英雄的にこの世を去った。彼らは軍人仲間とニコラエフスク市民の中では最も幸せだったことがあとでわかった…。〉
(引用前掲書)

 なぜ、自ら死を選んだ人間が「最も幸せ」なのか? トリャピーツインはニコラエフスクに「入市」した直後に、市内の富裕層であった白系ロシア人や白軍兵士への暴行・略奪・虐殺を始めた。ただ、それは民衆を広場に集めて片っ端から銃殺するというような単純なものでは無かった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

炊き出しボランティアのほとんどは、真面目な運営なのだが……(写真提供/イメージマート)
「昔はやんちゃだった」グループによる炊き出しボランティアに紛れ込む”不届きな輩たち” 一部で強引な資金調達を行う者や貧困ビジネスに誘うリクルーターも
NEWSポストセブン
ゆっくりとベビーカーを押す小室さん(2025年5月)
小室眞子さん“暴露や私生活の切り売りをビジネスにしない”質素な生活に米メディアが注目 親の威光に頼らず自分の道を進む姿が称賛される
女性セブン
組織改革を進める六代目山口組で最高幹部が急逝した(司忍組長。時事通信フォト)
【六代目山口組最高幹部が急逝】司忍組長がサングラスを外し厳しい表情で…暴排条例下で開かれた「厳戒態勢葬儀の全容」
NEWSポストセブン
藤浪晋太郎(左)に目をつけたのはDeNAの南場智子球団オーナー(時事通信フォト)
《藤浪晋太郎の“復活計画”が進行中》獲得決めたDeNAの南場智子球団オーナーの“勝算” DeNAのトレーニング施設『DOCK』で「科学的に再生させる方針」
週刊ポスト
手を繋いでレッドカーペットを歩いた大谷と真美子さん(時事通信)
《「ダサい」と言われた過去も》大谷翔平がレッドカーペットでイジられた“ファッションセンスの向上”「真美子さんが君をアップグレードしてくれたんだね」
NEWSポストセブン
「漫才&コント 二刀流No.1決定戦」と題したお笑い賞レース『ダブルインパクト』(番組公式HPより)
夏のお笑い賞レースがついに開催!漫才・コントの二刀流『ダブルインパクト』への期待と不安、“漫才とコントの境界線問題”は?
NEWSポストセブン
パリの歴史ある森で衝撃的な光景に遭遇した__
《パリ「ブローニュの森」の非合法売買春の実態》「この森には危険がたくさんある」南米出身のエレナ(仮名)が明かす安すぎる値段「オーラルは20ユーロ(約3400円)」
NEWSポストセブン
韓国・李在明大統領の黒い交際疑惑(時事通信フォト)
「市長の執務室で机に土足の足を乗せてふんぞり返る男性と…」韓国・李在明大統領“マフィアと交際”疑惑のツーショットが拡散 蜜月を示す複数の情報も
週刊ポスト
中核派の“ジャンヌ・ダルク”とも言われるニノミヤさん(仮称)の壮絶な半生を取材した
高校時代にレイプ被害で自主退学に追い込まれ…過去の交際男性から「顔は好きじゃない」中核派“謎の美女”が明かす人生の転換点
NEWSポストセブン
白石隆浩死刑囚
《死刑執行》座間9人殺害の白石死刑囚が語っていた「殺害せずに解放した女性」のこと 判断基準にしていたのは「金を得るための恐怖のフローチャート」
NEWSポストセブン
ゆっくりとベビーカーを押す小室さん(2025年5月)
《小室圭さんの赤ちゃん片手抱っこが話題》眞子さんとの第1子は“生後3か月未満”か 生育環境で身についたイクメンの極意「できるほうがやればいい」
NEWSポストセブン
中核派の“ジャンヌ・ダルク”とも言われるニノミヤさん(仮称)の壮絶な半生を取材した
【独占インタビュー】お嬢様学校出身、同性愛、整形400万円…過激デモに出没する中核派“謎の美女”ニノミヤさん(21)が明かす半生「若い女性を虐げる社会を変えるには政治しかない」
NEWSポストセブン