北朝鮮から飛ばされた「汚物風船」(AFP=時事、韓国国防省提供)
ウンコはりっぱな商品だった
過去に目を向ければ、ウンコがりっぱな商品として流通した時代があった。そのころ使われた「ぼっとん便所」はもはや都会の若者にとって馴染みのないものになった。水洗機能がなく、便器の穴から下の便槽へ糞尿が直に落下する。江戸時代から大正時代まで、この原始的なトイレは金を払って汲み取りさせてもらう資源の宝庫。そこに溜まった糞尿の流通を生業とする者たちがいた。用途は肥料で、発酵させ熟成させて畑に施す。
100万都市だった江戸において、人糞尿の取引総額は年間2万両に及んだ。現在の貨幣価値で8~12億円である。法政大学の湯澤規子(ゆざわのりこ)教授の推計だ。
これは昭和の時代も続いていた。糞尿を溜めておく「肥溜め」は、東京23区であっても農地の傍らにつつましく存在した。農地が近い環境で育った高齢者には、肥溜めに落ちる危険を身をもって知る人が少なくないはずである。
これが昔話かといえば、世界を見渡せばそんなことはない。
たとえば北朝鮮。報道を踏まえると、全土で今も糞尿を肥料に使っていて、毎年厳寒の1、2月に繰り広げられる「堆肥戦闘」の花形(?)となる。堆肥戦闘とは、全人民がウンコを集め、灰や藁などとまぜて発酵させ、堆肥にする運動を指す。
北朝鮮は国際社会から経済制裁を受けているため、外貨の獲得が難しく、化学肥料が恒常的に不足している。中国から輸入できる量も、国内の生産量も限られているのだ。
だから春の種まきを前に堆肥を製造する闘いが行われる。生産する堆肥の量には割り当て、つまりノルマがあり、においのきつさとも相まって、北朝鮮の人民を苦しめてきた。
ウンコは売買、ひいては窃盗の対象になり、ブローカーも跋扈する。江戸時代の日本さながらの風景が今も見られるのだ。
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【著者プロフィール】
山口亮子(やまぐち りょうこ)/ジャーナリスト。愛媛県出身。2010年京都大学文学部卒業。2013年中国・北京大学歴史学系大学院修了。時事通信社を経てフリーになり、農業や中国について執筆。著書に『日本一の農業県はどこか―農業の通信簿―』、共著に『誰が農業を殺すのか』(共に新潮社)、『人口減少時代の農業と食』(筑摩書房)などがある。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手がける株式会社ウロ代表取締役。