ゲート試験さえ合格していれば出走できるということでいいのだろうか(国枝栄・調教師)
1978年に調教助手として競馬界に入り、1989年に調教師免許を取得。以来、アパパネ、アーモンドアイという2頭の牝馬三冠を育てた現役最多勝調教師・国枝栄氏が、2026年2月いっぱいで引退する。国枝調教師が華やかで波乱に満ちた48年の競馬人生を振り返りつつ、サラブレッドという動物の魅力を綴るコラム連載「人間万事塞翁が競馬」から、競走能力とゲート試験についてお届けする。
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この連載では、私が調教師生活で経験したことを紹介するだけではなく、現在の日本競馬について考えていることも話していくつもりだ。今の競馬人気は好調な馬券売り上げが支えている。だからこそファンに最高のレースを提供するのが義務だと思っている。そのためには、今のままでいいのかと疑問に感じることがある。
たとえば前回お話ししたゲート試験。いいスタートを切ることでレースを有利に進められることはあるが、そこで勝負が決まるわけではなく、いかに速くゴールにたどり着くかを競うのが競馬。たとえゲート試験で一発合格してデビューしても、実際のレースでは大敗することもある。レースに出るための関門ではあるが、競走能力を保証するものではないのだ。そもそも新馬戦の競馬予想に「ゲート試験を優秀な成績でパスした」というファクターなどないと言っていい。
ゴールドシップのようにGIをいくつも勝っているのにゲートはうまくなかったという馬もいる。私の厩舎にいたサトノエルドールという馬は9回目でようやく合格した。ゲートにはすっと入るし、中ではおとなしくしているのだが、ゲートが開くと、どうしても1完歩遅いのでなかなか及第点をもらえなかった。デビューしてからも出遅れることが多かったが、中距離以上のレースを使えば出遅れを挽回できる能力があり、最終的にはオープンのレースを勝っている。
なかなかゲートに入ろうとしない馬に対してぐいぐい押したり、鞭で叩いたり、グルグル回したりするのはどうなのだろう。ゲートに入りづらい馬はいるけど、やりようによっては、そんなにゴネないはず。もっと馬の気分を待ってやることはできないものかと思う。