やなせたかし氏の詩集『愛する歌』
詩集『愛する歌』がベストセラーに
キャンディのパッケージデザインを請け負ったのがきっかけで知り合いになった辻氏に、ある日、やなせたかしは自費出版するつもりだった詩集の原稿が手元にあったので、何の気なしに見せてみました。すると原稿に目を通した辻氏が前のめりになって宣言したのです。
「うちで出版して書店で売りましょう!」
あとでわかったのは、「辻社長は学生時代、西条八十の『蝋人形』を愛読していた詩人肌の文学青年」(『アンパンマンの遺書』)だったのです。 「これが後年サンリオ社の体質の根底になって、大ヒットするキティちゃんの誕生につながっていく」(同)
辻氏の詩に対する強い憧れが、さまざまなキャラクターやファンシーグッズの誕生の背景にあったのだろう、とやなせたかし自身が分析します。
ただ、辻氏が「本をつくりましょう」と言ったとき、最初は、ただの冗談か気まぐれだろう、とやなせたかしは思っていました。出版社でもない山梨の謎会社が売れそうにもない詩の本を出すはずがない、と。
「詩集といっても、ラジオの中でつかった歌だから、ま、歌謡曲か童謡みたいなもので、 ちゃんとした詩はただの一篇もない。詩人がみれば怒り狂うか無視するだろう」(同)
著者自身がそんなふうに卑下するくらいです。書籍になって、ましてや本屋さんで売れるわけがないだろう。ところが、辻氏は、あれよあれよというまに、やなせたかしの詩集を書籍にしてしまいました。こうしてできたのが『愛する歌』です。
やなせたかしは、喜ぶどころかびっくりしました。詩集だぞ! 売れるはずはないのに! 初版は3000部。詩集としてはかなりの大部数です。常軌を逸しています。