渡邊渚さんの最新インタビュー
「虚無感」が襲ってくる
例えば、来週自宅に友達がお見舞いに来る、来月家族でカフェに行くという契約だ。何不自由ない生活をしていれば、これらを契約とは思わないだろうが、当時の私には一つ一つが大きなイベントだった。半年先だと遠すぎてそんなに生きていられないと心が折れてしまうから、1週間先や1か月先など近いところに予定を作る。自分だけの予定では気持ち次第でうやむやにできてしまうから、必ず誰かと約束をするようにした。
すると、他者を巻き込んでいるから契約は守らなければいけないという気持ちが強くなって、そこまではちゃんと生きようと思えた。友人に心配かけたくないし、会っている時に体調が悪化するのはよくないからと、治療への意欲も湧いた。
私にはこの方法が合っていたのか、期限付きのやるべきことがあると、生きている理由を与えられたようで、イキイキしていられた。独立して仕事を始めてからは、破れない契約がたくさんできたことで、生きる動機を定期的に作れた。それにホッとした自分がいた。
ただ、このルールの困るところは、一つの契約が終わると、それまで忘れていられた虚無感が一挙に襲ってきてしまうことだ。やるべきことはやったし、契約も果たしたから、また「もう生きる意味はない、この先楽しいことなんてない」という考えが頭によぎるようになって、うつ状態が始まる。
それが顕著に出たのが、1月下旬のフォトエッセイ『透明を満たす』の発売後だった。著書が本屋に並ぶのを必ず見届けるために、その日まで頑張って生きると契約していた。いざその契約が果たされると、達成感の喜びより、大きな目標を失ったという思いのほうが大きくて、まるで針でも降ってきたかのように虚無感が突き刺さった。
身体が重くてベッドから起き上がることもできず、ずっとどこかが痛くて、否定的な思考ばかりが頭の中を占めた。発売前の高揚感との落差があまりにも大きくて、この時のうつ状態は本当に苦しかった。その経験があったから、先月、写真集『水平線』を発売する時も、またうつ状態になることを覚悟して臨んだ。