「ここは『ガシ飲み』には欠かせない店やで。うちらは堺東(さかいひがし)を愛情込めて『ガシ』と呼ぶねん」(30代・医療事務)と常連客が誇らしげに語る『西口酒店』は南海電鉄高野線・堺東駅徒歩4分。商店街を抜けた先にある。
創業は明治年間。元は兵庫県赤穂出身の一族だったが、銘醸地・堺へ酒づくりを学びに来た初代が酒店を創業。その後、太平洋戦争の大阪空襲で店が焼失するも再建し、今では4代目店主の西口泰司さん(65歳)が店を守っている。
「焼け跡から壊れずに出てきた、蔵の形をした小さな貯金箱がありましてね。“大事にせえよ”と先代から言われています」と話す店主は、酒造会社に勤めていた経験があり、酒と料理の相性には独特のこだわりを持つ。毎週火曜には、自ら手打ちした蕎麦で客をもてなす。
「“あの店、オモロイな”と気にしてもらえたらと、20年前から出してます。おかげさまで大好評」(店主)。蕎麦粉は、北海道産の品種「キタミツキ」を取り寄せて、店の奥で打っているのだという。
火曜名物の手打ち蕎麦を囲んで楽しい一献
店主はアイデアマンで、試飲会や食事会を定期的に主催したり、酒の蔵元の経営アドバイスをしたりと、一酒店の枠組みを超えた経営を展開してきた。百年を超える老舗を守るために、「このまま酒販だけでは安売り店に負けてしまう。立ち飲みはずっとやってましたが、新しいスタイルのバルに転換しよう考えました」と店内を少しずつ改装し、現在ではカントリーハウス風のモダンな内装になっている。
「ここの客は、老若男女まぜこぜやろ? 美味しいお酒や食べ物がいろんな食いしん坊を呼ぶねんで」と語るのは40代の機器会社勤務の男性。上司含め4人を連れてやってきた。「美味しいだけじゃなくて、マスターがお酒や料理のことを教えてくれるし、新しいものがどんどん入ってくる。工夫好きなマスターの人柄に惹かれて常連になる人が多いんです」と話す。
店主の西口泰司さんと愛犬・小春ちゃん
自身のお好み焼き店の開店前にちょっと寄ったという男性は「流行っているので、ちょいちょい偵察に来ます(笑)。ここは立ち飲みやのに上品やねん。美味しさと居心地のよさがクセになる。アテのメニューが多いから『また来よか』となるねん」と言いながら、開店のためにパタパタと帰っていった。
入れ替わるように来たこの夜の最高齢客、83歳の男性は、「小皿料理がとにかくうまい。いろんな味をちょっとずつ食べ比べできるのは、酒飲みの愉悦やな」と、楽しそうに一杯目を傾ける。
カウンターの近くに設置されている細長い冷蔵棚には種々の小皿が入っていて、皆がどれを手に取ろうか迷っている。食いしん坊たちの背中がなんとも楽しげだ。