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【書評】夏井いつき氏の最新エッセイ集『パパイアから人生』 人々の人生の交錯の様子は圧巻

『パパイアから人生』/小学館/1870円

『パパイアから人生』/小学館/1870円

【書評】『パパイアから人生』/夏井いつき・著/小学館/1870円

【評者】津村記久子(つむら・きくこ)/小説家。1978年生まれ。2009年『ポトスライムの舟』で芥川賞、2013年『給水塔と亀』で川端康成文学賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、2023年『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞ほか受賞歴多数。

 テレビで見る夏井さんそのままの、さっぱりした明るい語り口の一冊だ。文章と文章をつなぐ部分に俳句が使われていることについて、最初はすべて夏井さんが過去に作った句なのかなと思っていたけれども、あとがきを読むとその都度作られていたものも数多くあるとのことで、それを知るとエッセイの味わいもまた変わってくるだろう。

 明るくて、それですごくおもしろい。〈人間ドックは句材の宝庫〉の項の「爽やかに聞こえませんと答へたり」という句は声に出して笑ってしまった。その後、「爽やか」は秋の季語だからくっつけたら俳句っぽくなる、と立て続けに「爽やかに善玉コレステロールかな」「骨密度爽やか空の青いこと」「爽やかやマンモグラフィー痛い痛い」と連発される句のおもしろさと、同時に起こる情景の広がりにやがて感心する。散文で書くと、変におもしろくしようとしすぎだとか、変に詩的にしようとしすぎに思えるような事象と事象を、俳句は容易にくっつけて、その場の様子や思い(もしくは思おうとしない状態)を切り取ってしまう。俳句という形式の力がまずすごいし、それを理解して十全に乗りこなしている夏井さんもすごい。

 どんなことでも句にできる夏井さんは前向きだ。〈「老い」とは新鮮な句材〉の「我が身という句材を、二十四時間三百六十五日携帯して歩けるって、めっちゃ面白いではないか」という物言いには恐れ入るし、自分も見習いたいと思う。夏井さんの前向きさには、わけもない「キャラ」としてのポジティブではなく、ちゃんとした論理が存在している。俳号を持つことを強く勧める夏井さんが「自嘲系の俳号はやめて欲しい」という訴えの根拠として「〈ハゲ山親父〉だの〈とんだ豚女〉だのと自分が呼ばれること以上に、句友としてこちらがその名で呼ばねばならぬことを想像して欲しい」と明快に示す様子には感心する。そして、夫を亡くして「一人ぼっち」という俳号を名乗っていた女性に「自分の心を癒せる俳号を考えてみて」と呼びかける優しさに、ただの一読者の自分もまた励まされたような気持ちになる。また、〈黄落の光景〉という項の「黄落やなぜわたしではないのです」という句をめぐる夏井さんの思い、「いつき組」写真部のランちゃんの解釈の楽しさの後の、『瓢簞から人生』の愛読者カードの文章へと展開していく人々の人生の交錯の様子は、こんなに短いエッセイなのに圧巻だ。夏井さんのご家族や近しい人たち以外にも、句会ライブの参加者さんやラジオのリスナーさん、読者さんなどが多く登場することも、本書の特徴だろう。多くは普通の人たちで、彼らの人生が俳句や夏井さんと出会うことによって、その前とは違う方向に向かっていくのが活き活きと伝わってくる。

「烏滸がましい」の「烏滸」の由来をたずねて次々に辞書を引いたり、「たった一文字だけなのに、意味が変わるのがスゴいでしょ」と見事に言い当てる助詞が好きな小学生の男の子が登場したり、創作のおもしろさも存分に味わえる。「俳句とは、その字面を押さえていれば、どのように読み解いてもよいのだ。(中略)自由に解釈することで、作品はますます豊かになっていく」という言葉は頼もしく、夏井さんが説く「俳句の自由」が、やがて心の自由へとつながっていくのを感じることができる。

※女性セブン2025年8月21・28日号

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