銀座のクラブで週3回ほど働いていた山本さん
──風俗まで考えたんですか?
「身の振り方を考えているときに知人の社長に相談したら、『お前そんなテクニックあるの?』って言われたんです。私が『テクニックは必要なの?』って聞いたら、『当たり前だろ、仕事なんだから』と言われて……。その方に『そんなに追い詰められているなら』と、銀座のクラブを紹介していただいて、週3回ほど働くことになったんです」
──ホステスに転身されたんですね 。
「不安でしたが、最初は月10日間出勤で手取り27万円でした。うれしくて思わず『働いたぶんだけ給料もらっていいんですか?』と黒服さんに話したら、『はっ?』って言われたんです。そのときに、自分はこれまで芸能界がすべてだと思っていたけど、一般社会は仕事をしたぶんだけ、対価が支払われることを知り、価値観がガラッと変わりました」
──新しい世界を見たんですね。
「結局、26歳から29歳までの3年間ほど、ホステスをやりました。今思ってもその3年間は濃密な時間でした。ただ、銀座の仕事を紹介してくれた社長からは初めに、『1年以上働いたら女の幸せは掴みづらくなるから1年くらいで辞めなさい』と言われていました。最終的には私も3年でキッパリ夜の仕事を辞めました。その後、自分の人生を左右する大きな出来事もありました……」
続編では元所属事務所との泥沼裁判の結末と、自身の離婚、妊活と婚活、復帰グラビアオファーなどについて語っている。
文/千島絵里香(ジャーナリスト)