「埼玉を日本一の『うどん県』にする会」の会長である永谷晶久さん
埼玉県には魅力的なものが本当にないのか──。都道府県魅力度ランキングでこのほど、埼玉県が最下位となった。長らく埼玉県に暮らしていたコラムニストの石原壮一郎氏は、悲嘆に暮れながらも、埼玉の魅力のひとつとして「うどん」をあげる。石原氏に詳しく解説してもらった。
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「さ、埼玉県が最下位だと!」
10月初めに発表された「地域ブランド調査2025 都道府県魅力度ランキング」(ブランド総合研究所)で、埼玉県が47位の最下位になってしまいました(前年は46位)。「日本でいちばん魅力のない都道府県」というレッテルを貼られた埼玉県民の悲嘆は、いかばかりか。学生時代から長く埼玉に暮らしていた私としても、うなだれずにいられません。
「石原さん、お久しぶりです。どうか顔を上げてください。気を落とす必要はありません。大丈夫、埼玉には『うどん』があります!」
おお、あなたは「埼玉を日本一の『うどん県』にする会」の会長である永谷晶久さん。10年前に同会を立ち上げ、会社勤めをしながらボランティアで埼玉のうどんの魅力を精力的に発信し続け、2020年には『マツコの知らない世界』(TBS系)に出演するなど、現在の「埼玉うどん」人気をもたらした方ですね。
私も僭越ながら三重県名物の「伊勢うどん大使」を務めさせてもらっていて、うどんのイベントなどでしばしばお会いしました。永谷さんの発想力と行動力には、いつも尊敬の念を抱いております。今回のランキング結果、どう受け止めていますか?
「基準が曖昧なランキングなので、気にしなくてもいいかなと思っています。ただ、大人はある意味“おいしいネタ”として受け止められても、子どもたちが『埼玉県って魅力がないの?』とコンプレックスを抱いてしまったら、それは悲しいですよね」
埼玉のうどんの魅力は多様性。まさに「うどん共和国」状態!
10年前に永谷さんが会を立ち上げたのも、「埼玉に誇れるものがない」という危機感からでした。当時、うどん用小麦粉使用量が全国2位だったことに着目し、「1人あたり『1ヶ月プラス2杯』でうどん日本一」という標語を書いたスケッチブックを手に、県内の自治体やうどん店を訪ね歩き、そこで撮った写真をSNSなどにアップし続けました。
「最初は『この人、なにしに来たんだろう』という目で見らがちでした。『このへんは蕎麦だよ。誰もうどんなんか食べない』と言われたこともあります。埼玉県では昔からうどん文化が根付いていたんですけど、それを知らない人も多かったんですよね」
まずは地元の人に埼玉のうどんの魅力を知ってほしい。永谷さんのそんな思いは、徐々に実を結んでいきます。ほんの数年前まで、埼玉県民が外食をする際に「うどん」という選択肢はほぼありませんでした。昨今は埼玉各地でうどん店が急増しており、昔からの店も含めて、あちこちに「行列のできる人気のうどん店」があります。
肉汁うどん発祥の店(諸説あり)である飯能市の「古久や」の「肉つゆうどん」(天ぷらはオプション)
「埼玉のうどんの最大の魅力は、多様性にあります。代表的なのは太くてワシワシした麺を肉汁で食べる武蔵野うどんですが、細くてツルツルした加須うどんも人気だし、深谷のほうとうや秩父のおっきりこみ、川島のすったてなど、各地でいろんなうどんが発展してきました。まさに『うどん共和国』と言っていいでしょう」
最近は、埼玉の多様なうどんを総称する「埼玉うどん」という呼び方もよく使われています。コロナ禍以降、近場で手軽に楽しめるグルメとして、メディアで武蔵野うどんなどが頻繁に取り上げられたこともあって、「埼玉=うどん」という認識はかなり浸透しました。
「現在、日本一の『うどん県』は埼玉県だと断言します」
もしかして、埼玉県はすでにうどんで「日本一」になっているんじゃないでしょうか?
「はい。現在、日本一の『うどん県』は埼玉県だと断言します。香川県が日本一とされた根拠は、農林水産省が2009年に発表した『うどん用小麦使用量』のデータなんですが、それから16年のあいだ更新されていません。当時、2位の埼玉県との差は2.5倍でした」
永谷さんによると、埼玉県を代表する武蔵野うどんの生産量は、ある企業を例にとると2015年からの7年間で30倍伸びたというデータがあり、県内多数の製麺会社への調査の結果、少なく見積もっても10倍以上は増えているとのこと。
「埼玉県が日本一になったことをはっきりと証明するために、国の関係機関には一日も早く、公平・公正な計測をお願いしたいと思っています」
香川県と比べて埼玉県のほうが人口が8倍以上多いという大きなアドバンテージはあるものの、短期間で2.5倍の差をひっくり返した事実は、十分に誇っていいでしょう。
「もちろん、香川県はうどんの聖地です。ひとりひとりの『うどん愛』の深さは、香川県民にはかないません。それでも私は、日本一にこだわりたい。世界にうどんをアピールするには、埼玉県が日本一だと広く知ってもらうことが必要なんです」
目標は「うどんといえば埼玉」と世界中の人に知らしめること
埼玉うどんの魅力を全国に知らしめた永谷さんですが、今度は目線を世界に向けています。埼玉うどんは大きな伸びを見せているものの、各地のご当地うどんはコロナ禍や人口減少の影響を受け、必ずしも順調とは限りません。いっぽうで、日本のラーメンは外国でも人気を呼んでいるし、おにぎりや玉子サンドなど新たな「日本名物」も生まれています。
「外国からの観光客が増えている今は、千載一遇のチャンスなんです。埼玉県は東京から近いので、外国人観光客が『ついで』に立ち寄りやすい。さまざまな種類のうどん店が多くあって、気軽に食べ比べることができる。入口は埼玉でも、気に入れば本場に食べに行ってくれるかもしれない。世界中の人が『うどんといえば埼玉』と思ってくれたら、埼玉はもちろん、うどん界全体も盛り上がるし、ひいては日本全体も盛り上がります」
永谷さんは、まずは世界の人々に「うどん」を知ってもらおうと、いろんな国の赤ちゃんが世界の街や観光名所を背景に、日本各地のうどんを食べるというAI動画を大量に作成し、Instagram(@nagatani_akihisa)などのSNSで発信しています。
遠くない未来、世界各国からの観光客が埼玉県に「うどん目当て」で押し寄せる日が来るかもしれません。そうなった暁には、埼玉県民は子どもも大人も、うどんを通して埼玉の素晴らしさをあらためて認識し、誇りや郷土愛を持てるはず。きっと他の都道府県の人たちも「すごいぞ埼玉!」「ありがとう埼玉!」と拍手を送ってくれるでしょう。
「都道府県魅力度ランキング」での最下位は、たしかに屈辱的でした。しかし今こそ、埼玉うどんのポテンシャルを信じようではありませんか。うどんはきっと、最下位になった埼玉を救ってくれます。外国人観光客の動向のみならず、埼玉に対する全国民の意識を変えてくれてくれるでしょう。夢は大きく、目指せ30位台!
永谷晶久さんの最新の著書
『どうだ! 埼玉うどん伝説!!』(2025年6月刊)

