『痛いところから見えるもの』/頭木弘樹・著
【書評】『痛いところから見えるもの』/頭木弘樹・著/文藝春秋/1870円
【評者】堤未果(国際ジャーナリスト)
痛みについて知ることが、一体何の役に立つのだろう? そんな好奇心から手に取ったこの本が、思いもかけず深い気づきをくれた。
私たちは常日頃、「痛みに耐えると偉い」と褒められ、「人の痛みをわかることが優しさ」だと諭される。比叡山の修行僧たちは、痛みを経験することで悟りを開く。だが、本当にそうだろうか。
社会の中に蔓延する、痛みの「美学」の影にあるのは、「人は絶望的に孤独である」という事実だ。痛みには個人性があるゆえに、他者との正確な共有は難しく、中途半端な理解や、別な痛みと比較した励ましは、かえって当人を傷つけてしまう。それはどんなに愛する家族や恋人でも、決して分かち合えない領域なのだ。
だが、そうやって人と人を切り離す一方で、〈痛み〉には人と人を繋ぐ力もある、と著者はいう。深い孤独から抜けようとして、自分の痛みを言語化しようともがく時、人間には〈文学〉という強い味方があるのだ、と。
古今東西の名著にちりばめられているのは、痛みという体感を表現するヒントだけではない。著者たちでさえも味わった、言葉の限界への絶望こそが文学の出発点であり、経験しなければ決してわからない〈壁〉の存在を知ることで、新たな希望が姿を現してくる。
絶望シリーズで好評な、この著者の作品の魅力は、読者をあえて絶望に突き落とし、淡い幻想を木っ端微塵にすることで、本質を見せてくれることだろう。そこにあるのは〈ケアか自己完結か〉という安直な二元論ではない、人間という存在に対する優しい眼差しだ。
完全に伝わることのない自分の痛みを分かって欲しいと願い、他者の辛さに寄り添おうとして、私たちは互いに手を伸ばす。本書を読み終えた後に、改めて気づかされたことがある。痛みの最大の効用は、〈愛〉なのだ。
※週刊ポスト2025年11月21日号
