登場している歌は、自分の思い出の中にあるもの
適当に選びましたというものではなく、これ以外考えられないぐらい物語のあるべき場所にぴたりとハマっている。
「登場している歌は、だいたい自分の思い出の中のどこかにあったものを書いています。筋肉少女帯の歌は、昔、カラオケで毎回、この歌を歌う人がいて、いい曲だなあと思って、歌詞がとても好きになりました。
『人生いろいろ』は、前職でウェブのライターをしていたときに、島倉千代子さんのお葬式の取材に行ったんです。出棺のときにファンのかたたちが、曲に合わせて、この小説に出てくるみたいに『いろ・いろ!』と叫んでいらしたのがすごく心に残っていて。
タッキー&翼は、小学生のときに今井翼さんのファンでした。庭に落ちていた綺麗な葉っぱにお手紙を書いてファンレターとして送ったことがあります。今考えると、たぶんパリパリになって、もらっても困ると思うし恥ずかしいんですけど、ぜんぶ自分の胸の中にある曲です」
個人的な思い出に紐づいている曲だからこそ、これほど自然に登場させることができるのだろう。
ちなみに「矢沢じゃなくても」に出てくる矢沢永吉の日本武道館ライブの日に装飾車が集まってくるエピソードも、10年ほど前、皇居の周りを散歩していたときに偶然、見かけた情景がもとになっているという。
「小説のタイトルになっている『じゃないほう』の場面を集めるのが好きなのかもしれません。面白いと思ったはずだったけど何だったっけ?となりやすいので忘れたくないから面白いと思ったことは日記に書くようにしています」
日記には客観的な事実だけで、そのときの自分の感情は書かないことにしているという。街中で聞こえた面白い会話は割と意識的に書き留めるようにしていて、小説に使うこともあるそうだ。
タイトルも、それぞれの章題もすばらしい。
「あまり知られていない作家の本が本屋さんにあったとして、手に取るかどうか迷っているとき、たぶんタイトルと表紙、帯のコメントぐらいしか判断材料がないのかな、と。そう思うと、なるべく読みたくなるようなものにしたいと思います。
まだ全然、そこまではできていませんが、『桐島、部活やめるってよ』みたいに、自分がつけたタイトルをみんなが使うようになる、というのにすごい憧れがあって、いつかそういうタイトルを発明できたらと思います」
【プロフィール】
佐々木愛(ささき・あい)/1986年秋田県生まれ。青山学院大学文学部卒。「ひどい句点」で2016年オール讀物新人賞を受賞。2019年、同作を収録した『プルースト効果の実験と結果』で単行本デビュー。他の著書に、第1回本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞にノミネートされた『料理なんて愛なんて』や、『ここにあるはずだったんだけど』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2025年11月27日号