人生の正しい道は曲がり道!
ここのアテは美味しい。「桝屋に行ったら、玉ねぎ天、な」「桝屋に行くんか? そやったら赤貝のお造りを食べときよ!」。桝屋酒店の名前を出そうものなら、店に着くまでに、いろんな声が自然と耳に入ってくるほど。
「やっぱりな、缶詰で飲む酒もそれはそれで味やけど、人の手が入って作ってくれたものはおいしいよ。そやから、足が向くんやんか。今や、京橋に行っても鶴橋に行っても、こんなええ店ないで。いつの間にか名前が轟いて、京阪神ではわりと名の通る店になってもた」と先の常連。
ハムエッグやお造りなど箸が止まらないアテが充実
店主は、元々は徳島の造り酒屋の一族。大阪に出てきて、酒屋をやるようになった。定さんに代替わりしたのは19年前で、そこからアテを作って出すようになった。
「豆腐を作り始めて、きずし(関西風のしめ鯖)を作るようになって。お客さんに魚屋さんや板場さんがいるんでね、魚の捌き方や料理を教わったんや。面白くなってきて調理師免許も取ってな。関西やから、ハモの骨切りもできるで」と頼もしい。
そんな話を聞いているうちに「お帰り」と奥様の加代さん(53)の声が響く。カウンター内にはもうひとり、店主の甥っ子である大竹潤(まさる)さん(30)が手伝っていて、この3人で店を盛り上げている。平日の昼間にもかかわらず、客の入れ替わりは絶えない。
店主の上田定さん(右)と妻の加代さん(左)、甥っ子の大竹潤さんが店を明るく切り盛りする
「魚の仕入れはな、魚屋の大将にお任せやねん。見繕って配達してくれるんやけど、何が入ってるか開けてみないとわからへん。『これ、どない捌くねんな~』言うてるうちに、なんとかできるようになってきたんや。障子焼き(編集注:魚の開きの中骨を焼いたもの。薄くて障子に見えるためその名がついた)もやるよ」(店主)
「そうそう。『こんなんできひんのん?』『やってみよか』言うてるうちに、品数が増えてきて、な?」と仲良しの常連が相槌を打つ。「板書してないレパートリーがようさんあるわ」という店主は、客の胃袋をしかと掴む。
「でもまあ、味だけやないんやで」とその常連が言う。「ここの夫婦のやり方がええんやんか。知らん人にも『お帰り』と言いよるやん。あの声がこの店の雰囲気を決めてるねん。分け隔てがなくて、どこよりも安い。だから愛されて人が集まるんやで」
その時、その隣にいた小柄な常連が口を開いた。
「大将がな、80歳まで飲んだら表彰状をくれる言うから、オレは、杖ついてでも来るつもりやねん」と宣言。
「おお、ええな!」とカウンターの面々から歓声が上がった。調子が出てきて、「ほんまもう、車椅子になっても来たるで」と付け加えると、まわりが「アカンアカン、飲酒運転はアカンで!」と全員でツッコみ、笑いが起きた。
和やかな雰囲気のなか、その小柄な常連は、「今日はええこと教えたろ。覚えとき。人生の正しい道は曲がり道! 乾杯!」と音頭を取った。
笑顔の一同が焼酎ハイボールを高々と掲げるその姿は、さながら今太閤たちのようだ。
「あぁー、気持ちのいい苦味が、身と心に沁みるで」
■桝屋酒店
【住所】大阪府大阪市西成区聖天下1-11-21
【電話】06-6651-0540
【営業時間】月~土 9~21時、祝10~20時、日曜休
焼酎ハイボール300円、ビール大びん550円、桝屋とうふ250円、赤貝のお造り500円、玉ねぎ天300円、ハムエッグ300円


