“運命の一枚”の絵画に出逢うため海外を旅した作家・伊集院静氏
〈人々が旅に焦がれるのは、そこへ行けば何かが待っているのではないか。何かとめぐり逢うのではないかという期待と、日常から離れることでまったく違う自分と出逢えることではなかろうか〉
11月24日に三回忌を迎える作家・伊集院静氏。30年以上にわたり“運命の一枚”の絵画に出逢うため海外を旅した氏は、新著『美の旅人 イタリアへ』にこう記している。
伊集院氏は「週刊ポスト」で1998年から美術紀行を連載し、『美の旅人』スペイン編・フランス編として刊行(小学館文庫)。未完の遺稿も収録された今回のイタリア編をもってシリーズ三部作が遂に完結した。
イタリア編の大きなテーマのひとつが「ルネサンスとは何か」。その本質を探る対象としてレオナルド・ダ・ヴィンチを選ぶ。ルネサンスの巨匠と出逢ったのは、ルーヴル美術館を訪れた若き日のこと。代表作『モナ・リザ』を前に〈これが名画というものか、程度であった〉という感想を抱く一方、〈いつかこの作品が何であるかがわかるまで何度も鑑賞してみよう〉と考えた。
伊集院氏はこう記す。
〈ともかくダ・ヴィンチには何かがある。ダ・ヴィンチにはルネサンスがある。この一人の画家の辿った軌跡を眺めつつ、イタリアの旅をはじめることにする〉
最初に氏が訪れたのは、ダ・ヴィンチが誕生したヴィンチ村。おそらく500年前と変わらぬトスカーナ地方の山々が織りなす風景が今も残っていた。そして、画家として出発したフィレンツェへ。ウフィツィ美術館では、ダ・ヴィンチが未完で終えた『東方三博士の礼拝』を見る。宗教画ではあり得ない構図を選択した画家の心中、そして、なぜ未完で終えたのか……伊集院氏は思いをめぐらす。
ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の一室で『最後の晩餐』を目にした氏は、こう書き記す。
〈──この作品に出逢うために旅に出たのかもしれない……。
六年の間旅に出かけるのを躊躇したり、あきらめかけていたものがすべて払拭された気がした。
沈黙するしかなかった。目の前に燦然と立つ壁画は、私がこれまで鑑賞したどの作品より素晴らしいものだった〉
