歌人の俵万智さん
言葉は人間だけのものではなかった
まずは、鈴木さんの研究について質問する俵さん。鈴木さんは、人間だけのものだと思われていた「言葉」が、シジュウカラにもあることを実験的に証明し、世界中の言語学者に衝撃を与えた。
俵:ご著書にも書いてありますが、鈴木さんはシジュウカラが言葉を持っていることを発見されたのですよね。
鈴木:はい、僕はシジュウカラという、都内でもよく見かける身近な野鳥を20年以上研究してきました。それで、シジュウカラが「言葉」を持っていることを発見したんです。言語学者はもちろん、動物学者も「言葉を持っているのは人間だけ」という思い込みを前提にしていましたから、僕の研究は衝撃的だったはずです。
俵:具体的には、たとえば「ヘビ」を意味する言葉を持っているとか。
鈴木:「ジャージャー」という鳴き声です。シジュウカラはヘビを見るとこう鳴くのですが、こういった鳴き声は、単に恐怖の感情を表現しているだけだと思われていたんです。でも僕は、実験によって「ジャージャー」という鳴き声を聞いたシジュウカラは、ヘビのイメージを思い浮かべていることを確かめたんです。
俵:そのための工夫を凝らした実験が、また面白いんですよね。
会場のスクリーンに実験の様子を投影する鈴木さん。木の上に設置されたスピーカーから、シジュウカラに「ジャージャー」という、実際の鳴き声を録音した音声を聞かせる。すると、声を聞いたシジュウカラが地面を眺めまわした。
俵:地面を見た! ヘビを探しているんですね。
鈴木:そうです。でも、科学的には、これだけでは十分とはいえません。やっぱり今までの学者が言ってきたように「ジャージャー」は単なる恐怖の鳴き声である可能性を完全には否定できない。たとえば、地面を見るのもヘビを探しているのではなく、怖がっているときの姿勢かもしれないですよね。
俵:たしかに……。
鈴木:そこで次に僕は、「見間違え」を利用した実験をしました。僕たちは、なんの変哲もない写真でも、「人の顔に見える」と言われると、心霊写真にみえてしまうことがある。顔という言葉から、その姿をイメージして、それを写真のなかの影や木目に当てはめて見間違いが生じるんです。つまり、言葉には情報を伝えるだけではなく、モノの見方を変える力がある。
俵:そうですね。
鈴木:では、シジュウカラではどうだろうと思ったんです。
次の実験の様子が映される。木の幹に沿って、紐に結ばれた枝がずるすると動いている。
鈴木:このように紐に木の枝を結んで、木の幹沿いに引き上げてシジュウカラの反応を確かめてみました。すると、シジュウカラはただの枝とヘビを見間違えたりはしませんでした。ところが、スピーカーから「ジャージャー」という鳴き声を流しながら同じことをすると、ちょうどヘビを確認しに来るように、枝を見に来るんです。
俵:なるほど!
鈴木:それは、「ジャージャー」を聞いたシジュウカラの脳内にヘビのイメージが浮かびあがったことで、ただの枝をヘビと見間違えたわけですよね。僕は他にもいろいろな実験を何年も繰り返し、シジュウカラが単語を組み合わせて文を作ることも証明しました。文を作る能力があるのはやはり人間だけだと思われていたので、この論文も世界中ですごく話題になりました。
